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【短編小説】変わった食べ方(#2000字のドラマ)

「いただきます」

1日3回、手を合わせて、唱える。
そんな儀式をやらなくなってからもう何年経つだろうか。

いや、よく考えたら、まだたったの1年だ。
高校を卒業し、実家を出るまでは毎日のようにやっていたはず。

それがどうだ。
手を合わせるなんて小恥ずかしいし。
唱えたって誰も聞いていないし。
何なら、1日2回その機会があれば良い方で。

ここ半年くらい、まともに食事なんて取っていなかった。
お金がないのはもちろんだが、それ以上にもう食に対して何の意欲も湧かなかった。
美味しいものが食べたいとか、お腹いっぱい食べたいとか。
そんなことはどうでも良かった。
自分で自分のことを満たすよりも、誰かに満たして欲しかった。
一体いつになれば、報われる?

意気揚々と上京して来たが、そう簡単に上手くいく訳なかった。
そんなことは分かっていたはずだ。
でも、それでも。
俺には才能がある、とどこかで思っていたのだろう。


歌手になるのが俺の小さい頃からの夢だった。
昼間はボイトレやギターのレッスン、作詞作曲に明け暮れ、その費用と生活のために夜はボーイのバイトでオール。

そんな生活も、始めの半年はがむしゃらにやれた。
でも、全く成果のない毎日と心身ともに蝕まれながら酒と煙草とゲロの臭いに塗れたせいか、後の半年はただただ生きていただけだった。
おかげさまで、作った曲には何の希望も込もっていなかった。



今朝も目覚めたら時計の針は12時を回っていた。
今朝というには遅すぎる時間だか、俺にとってはいつも通りだった。

とりあえずテレビを点けると、昼の帯番組がやっている。
これも通常運転だった、が。

『今日のゲストはアーティストの大山友貴さんです!どうぞ〜!』

突然、憧憬の的が登場し、俺はテレビを食い入るように見た。
大山友貴と言えば人気ロックバンドのギター&ボーカルで、俺と同い年だ。
そういえば最近、ソロデビューもしたって言ってたっけ。

『なんと今回、番組のテーマソングをご担当いただくことになったんですよね』

ああ、そうだ。
大山友貴は俺と違って“才能のある人“だった。
彼のバンドは高校生の時にメジャーデビューしてるんだから。
そもそも才能がなければ、こんな風に昼の帯番組の曲なんて任せてもらえない。

こんな風に燻っている俺とは、違う。

『ところで、大山さんにご質問なのですが、今日はご飯のお供の特集をしておりまして。大山さんのご飯のお供は何でしょうか?』
『僕、海苔の佃煮が大好きなんです。好き過ぎてご飯だけじゃなくてパンに塗って食べることもありまして』
『ええ〜?パンに塗って食べるんですか?』
『はい、意外かも知れませんが、美味しいですよ』

大山友貴が海苔の佃煮が好きだと言うことにも驚いたが、パンに塗って食べるということに仰天した。
変わった食べ方だから、ではない。
俺も昔、よくそうやって食べていたからだ。
何なら祖母に勧められて食べて以来、朝食はずっとそれだった。


大山友貴と共通点が見つかったから?
祖母の顔を思い出したから?
気づけば俺は、近所のスーパーに食パンと海苔の佃煮を買いに行っていた。
冷静になれたのは、家に帰ってからだった。

トースターなんて無いけど、食パンって焼けるんだっけ?

後悔してももう遅い。
既に買ってしまったので「食パン トースターがない」で検索する。
フライパンで焼く方法がメジャーなようだったので、それでやってみることにした。

やり方は簡単で、ただ片面ずつ焼くだけだった。
割とカリッと上手く焼けたトーストを前に、海苔の佃煮の瓶を開ける。
磯の香りが何だか懐かしく、鼻先をくすぐった。
それをスプーンの底で塗り広げると、一思いに齧り付く。


追憶するのは、「またそんな食べ方して」と小言を言う母と、それを見ても動じずニコニコする祖母。
そして、テレビから流れる音楽に身体を揺らしながら、海苔の佃煮トーストを頬張る、小学生の俺だった。

確か母は「海苔の佃煮の食べ過ぎで身体を壊すんじゃないか」とか「そんな風に食べる人はいないから変わり者扱いされないか」とか、そんな理由で小言を言っていた。
祖母にも勧めないように釘を刺していた気もする。

きっとそんな母を見ていたからだろう。
その時はただ「好きだから」と気にせず食べていたが、俺は海苔の佃煮のトーストを食べるのは世間的にはあまり良いことではないと思っていた。
だから、これまでそんな食べ方が好きだと言うことを誰かに言ったことはなかった気がするし、ある程度分別がついた今はトースト自体を全く口にしていないのだと思う。

あの頃は、好きなことを本当にまっすぐにやっていたよな。

そんなことを思いながら、自作の海苔の佃煮トーストを食べ進める。
番組の最後に大山友貴の作ったテーマソングが流れたが「自分らしくいようよ」と言われている気がした。


俺は大山友貴も「やってる」と言っているので、明日から海苔の佃煮トーストを遅めの朝食にすると決めた。

(1,990文字)


*こちらの企画に参加しています。


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