「悪」を問い、立ち尽くす主人公ー『死亡通知書 暗黒者』
昨年刊行された紫金陳『知能犯之罠』を読まれた方は、中国産サスペンスの実力をはっきりと実感されたことと思います。このジャンルでは他にも雷米『心理罪』シリーズ、秦明の『法医秦明』、蜘蛛の『十宗罪』シリーズなど広く支持されている作品がたくさん存在しますが、なかでもミステリファンから高い評価を受けているのが周浩暉『死亡通知単』(原題)連作です。
刑事の羅飛を主人公としたシリーズの中核をなすのが、三作からなるこの連作。すべての謎が解明されるミステリとして一作ずつ区切りをもちながらも、ひとつながりのストーリーとして密接に関係しており、今回刊行されるのが一作目の『死亡通知書 暗黒者』です。
ギリシャ神話の女神〈エウメニデス〉を名乗る人物がネットに現れ、罪を犯しながら正当な罰を受けていない人間を名指しして死を与えると宣言、実際に警察の警戒をかいくぐって殺人を次々と成功させていきます。難事件に対処するため呼びよせられたのが主人公の羅飛ですが、〈エウメニデス〉の名前は十八年前、警察学校時代の彼の過去と結びつき、羅飛という男の人生も欠かすことのできない事件の一ピースになっていきます。
物語はひとまず、自警者である〈エウメニデス〉と法のもとにそれを追う羅飛とを中心に進んでいきますが、罪を持つ人間が登場するのは〈エウメニデス〉にとどまりません。休みなく場所を移し、時間をさかのぼって悪と向きあい、ときに立ちつくさざるを得ない羅飛の姿がこの作品の、そして連作を貫くひとつの支柱となっています。
稲村文吾【いなむら・ぶんご】
執筆者についてはこちら 「後期クイーン問題×青春ミステリー『文学少女対数学少女』」