【感想】むつむ高校文芸部誌 秋ノ号
春、夏と続いて秋も参加させていただきました文集企画「むつむ高校文芸部誌 秋ノ号」が公開されました~!
未読の方はこちらからダウンロードしてぜひぜひご一読ください。なんと無料です。
今回のテーマは「香に迷う」。私はこれを見た時に「コーヒー」「ミステリー」を連想したのですが、雅な印象を受けた部員さんが多かったようでちょっとびっくりしました。
作品の掲載順、今回もおもしろい趣向になっててですね。作者本人に自作品の香りを申告してもらい、部誌一冊を香水に見立ててその香りの移り変わり順に沿って作品を掲載しています。
あまりきちんと読み込めてはいないのですが、ざっと目を通した状態での各作品への感想をここで書きなぐってゆこうかと思います。以降ネタバレが含まれますので、万が一未読の方がいらっしゃいましたらご注意ください。
表紙イラスト / 小日向ひまりさん
ストーリー性を感じる絵……! タバコや金木犀が彼女にとってどういった意味を持つのか、とか、涙の理由は、とか色々想像しちゃいますね。タバコの箱がくしゃっとなっているのはそれまで手が震えて力加減がうまくできてなかったからなんじゃないかな、とか、ちょうど鼻先に散った花びらがあるので、花の香りに顔を上げたら、まるで意思を持って花が降りてきたように感じられたんじゃないかな、とか。
非常に気が早い話なんですが、書籍版になった時に絶対金木犀がクリアPP映えするだろうな~と今から印刷された部誌が楽しみになっています。小日向さんの絵ってほんと印刷映えするんですけど、今回は特に素敵に仕上がるんじゃないかなぁと。花びらの色とつやつやの葉っぱがいい感じになるに違いない~!
ちなみに、この絵を見た時感じた香りは「なんかたぶん甘い匂い」とタバコでした。というのも実は私、金木犀の香りを分かってないんです。人生で一度も嗅いだことがないだなんてことはさすがにないと思うんですが、「これが金木犀の香りだ」と認識している匂いが私の中に存在しません。なのでこのイラストを見た時私が想像するのは曖昧な甘い香りと秋の風とタバコの葉の匂いでして……。火はついてないんですけどね。
金木犀、職場の近くにも咲いているはずなので今度同僚に「この匂いだよ!」と教えてもらおうと思っています……。
宵良い / 透子さん
良かったねぇ……良かったねぇ……。なんか一人ぐらい犠牲になった気もしますがたぶんハッピーエンドなのでOKです。
和の秋の空気感、すごくいいですよね。踊り子ならぬ踊香。素敵。冒頭の舞は屋外での出来事のように書かれていますが、実際にいるのは屋内で、野外の風景は清彦の心象風景なのかな、とか考えながら読んでいました。作中頻繁に出てくる「香り」もどこまでが実際の匂いで、どこからが比喩表現なのかなんだか不慥かで、読んでいる側も煙に巻かれ惑わされている気持ちになってきます。
「つまり今ここに、清彦の心臓はないのだ」の一文がめちゃめちゃ好きです。「心を奪われる」の表現の仕方……。自分の胸もぽっかりと穴が開いてしまったかのような錯覚に陥ってしまいました。情熱的。その情熱が空回って華楊ちゃんが傷つくの悲しすぎる。ビンタ……
でもその次の日、華楊ちゃん平然とした顔で清彦と話してるのスゲーですよね。やっぱりそういうのをすぐ飲み下せる生き方をしてきたんでしょうか。特に言及されていないので、叩かれた跡は頬に残っていなかったんですかね。周囲に心配させないように化粧で隠してたりしたら健気すぎるんですけど……。ちゃんとあの後すぐ冷やしたかい? 華楊……
団子屋での二人が微笑ましすぎるので、「もうお前踊香やめろ、団子屋として清彦と幸せになれ」とか思ってたら母親の話を持ち出されたので、しょうがねぇな……じゃあ……しょうがねぇな……と顔がぎゅっとなりました。身が清い清くないの辺りは色々と言いたいところも多いのですが、作中はそういう時代、ですからね……。
「机に灯る柔らかい明かりと重なった月光は、本来なら一つであるはずの清彦の影を二つ落としていた」も好きです。月光による、華楊を思う清彦と、机の明かりによる跡継ぎとしての清彦。違う影を落としているけれど、どちらも清彦で……。こういう表現っていいですよね。察しが悪いのでなかなか読んでいて気がつけないのですが。
人物では仁助が好きです。「差し出された酒は、未来の領主となるお方が酒でふらつく姿を世の人に見せる方が~」のウィットさ。粗末な身なりの、すげぇダメなオッサンの外見で脳内再生されていたのですが、実際にはもうちょっと身ぎれいな格好なんでしょうね。清彦と仁助っていくつなんでしょ。
最後、清彦たちの町はどれぐらい宵原に近づき、具体的にはどのように変化したのでしょうか。先程ハッピーエンドと書きましたが、全然不穏な雰囲気にもとれるんですよね……。ちなみに私、実は華楊がめっちゃ悪女で町崩壊、みたいなバージョンのエンドも見てみたいと思ってしまいました。それはそれでよくないですか。これは私のヘキです。
個人的にこの作品に感じた香りは香木系のインセンス。和風なのと、冒頭のもやのイメージが強かったので……
DRAG HALLOWEEN / たぴ岡さん
ドラァグクイーンっていいよねー!!!!! 現代においては少々センシティブなカテゴリに入ってしまっている気もするのですが、でもドラァグクイーンってやっぱかっこよくて……。
ビビも例に漏れずカッコイイ。しかも探偵ってなに~!!!!? 魅力的すぎるだろ!!!!! とかなんとか言ってますが、実はわりと最後までビビのこと疑ってました。ごめんなさい。お姉さんがビビを「華奢」と表現していたこと、タバコと根性焼きのあたりからどうしても不審に思えてしまい……。家の中になんでかついてこないし、地下室の扉言い当てるし、いつ主人公が後ろから殴られるか心配でなりませんでした。ミステリで信じられるのは動物だけだよ、可愛いねぇふみすけ……。そういえばふみすけと歩って面識ないんでしょうか。一緒に住んでなかったのかな。他にも私の頭では推察できなかった謎(特にお姉さんの目的辺り)もいくつかありました。普段ミステリにあまり触れないのでむつかし……
それにしても作中の季節を秋とする部誌の制限の中で、ドラァグクイーンとハロウィンの仮装を絡めてくるのはうまい。タイトルがかかってるのもまた。
そのハロウィンの印象が強いからか、作中に出ているのはキンモクセイやタバコの香りにも関わらず、この作品に対してはカボチャと焼き菓子、マシュマロなんかの匂いのイメージがあります。
同居蟹の帰省 / 襟草庭さん
なにこの世界観素敵……! 現実世界との違いを殊更強調することのない、「当たり前」として表現される設定。それを絵本や児童文学を思わせる淡々としたペースで描いていくのがすごく魅力的ですよね。蟹と僕の口調がまたそれらしくて好きなのですが、「なんて話の合う蟹だ」の一文が特によくて……
帰省の準備をするくだりがめちゃくちゃ好きです。冒険に必要なものの他に「珍しい動植物を見つけた時用の網やケース」があるのが素晴らしい。心にゆとりを感じる。「蟹用のトランク」(響きのかわいらしいこと……!)の中身も気になりますよね。なんだか「エルマーのぼうけん」を思い出しました。
蟹の動きも素敵です。眼柄で<頷いた>り(蟹にしかできない首肯!)、鋏を隠してうなだれたり。とにかく同居蟹が蟹的な魅力に溢れていて読んでるうちに好きになっちゃいますね。ボートを貸してくれる警察官だとか、全てが優しい世界。うーん、暖かくていい話だったな……
秋の作品ではあるのですが、海と蟹がいるからかマリンノートを感じる作品でした。
いとくさきいぬ / 仲原鬱間さん
まって……まってね……私犬に弱いんです……。いや、犬に弱くない人間なんているの……?(暴言)
仲原さんのこういう作品、好きです。『アルカロイドは理想世界の幻想を見せるか』シリーズの、全ての文章に魂を塗り込むような筆致ももちろん素晴らしいのですが、こういうのもよくて……。作風は違えど、仲原さんの作品ってどれも「面白い」んですよ。
話が逸れましたが、『いとくさきいぬ』、主人公が強烈でいい。「あのどん」が強烈でいい。その流れであのあまりに温かいエンディングはずるい。だから……犬には弱くて……泣くだろ……こんなん……
おもしろすぎる文章と犬の臭さで覆われてるんですけど、その根底には愛情と思い出、薄れゆくそれらへ手を伸ばすような郷愁があって。これは作家としての「想像」ではなく、ご本人の実際に持つ「感情」がないと書けない文章だなぁ……と思いながら読んでいました。
正直全文章面白いんですけど、あえて一箇所お気に入りを選ぶとするなら戌子が散歩を振り返るシーンですね。この作品はVRにおける匂いの再現に焦点を当てていますが、記憶ではなく没入感という点で言うならもちろん音なんかも重要じゃないですか。その点このシーンは夕陽という「視覚」、モロゾフの息を聞く「聴覚」、リードから手に伝わる振動の「触覚」、そしてもちろんモロゾフの体臭を嗅ぐ「嗅覚」が揃っていて、描かれた空気を作中で一番浴びる場面だと思っています。こういう五感が揃ってる(さすがに味覚はあれですが)文章が非常に好きです。
ちなみに私も実家で犬と住んでいたので、分かる分かる、犬ってそういうとこあるよね、と読みながら赤べこのように何度も頷いていました。ですが我が家の歴代わんこ達はみんな毛皮からの匂いはそれほどでもなかったので(そのかわり口が恐ろしく臭かったです。どうして毎日ハミガキしてもあんなに臭いんでしょうね)、モロゾフのくっささをたぶん感じ切れていません。そんなわけでこの作品に一番強く感じたのはペトリコールです。
この星を殺して / 夏迫杏さん
なんか、この透明な追想に私の拙い言葉を添えるのは無粋だなって。なので詳しい感想はあえて書きません。
『海峡の恋』を読んだ時にも感じたのですが、夏迫さんの描く「あなた」はどこか遠くて、まばゆくて、かけがえのないとくべつで。だけど変わりゆくものなのかなと思います。
作中で出てくるのは香水とタバコですが、私がこの作品に感じるのは粘膜を、胸を焼くような塩素の香りでした。それは劇物で、けれど清い水を産み出すものです。
犬飼ツバサの異世界事件簿 / かぶきあげ(自分の)
本誌あとがきでも書いたのですが、ほんと、ほんとに文字数がきつくてですね……自分では最初から意識して文字数を切り詰めていたつもりだったんですが。今思えばむしろなんでこの内容で20000字に収まると思ったんですか?
本当はもっと貰った特殊能力が多かったり、主人公が借りている部屋は先生の元カノの部屋だったり(つまり先生はツバサを引き取るまでの2か月の間に仕事の傍ら彼女を作って同棲し、そして出て行かれたということになりますね。先生って結構……)、会計係への愚痴がもっとうだうだ長かったり、先生への追及が激しかったりしました。逆に絶対カットしたくなくて意地でも残したのは食事シーンです。いや、それでもほんのりとは削りましたが、でもでも、美味しいご飯の描写って必要で……
あんまり惜しいので、後日挿絵を追加したノーカット版を公開予定です。こまごま修正を重ねているうちにまた24000字ぐらいまで増えてましたが。
内容に関してですが、ずうっと昔に「こんな異世界ミステリ小説があったらいいなー」とぼんやり異世界転移モノの構想を練ったことがありまして。しかしその当時は小説も絵もなにもかかず、一切創作活動を行っていなくてですね……今のようにネット上にもおらず、書いても公開する場がありませんでした。異世界とはいえきちんとした推理ものにしたくて魔法を系統だてたトリックを考えていたのですが、当然そんな状況ですので情熱も続かず立ち消えに。
しかし今回「香に迷う」というテーマを受け、「テーマ的にはミステリな雰囲気だよな~。そういえば昔異世界ミステリ考えたことあったな」と過去の記憶をひっぱりだしてきた次第です。ただし「香」というテーマを扱うなら転移先(転生だと主人公も生まれ変わった時に嗅覚を失いそうなので)の世界の人間は嗅覚がなく、それを使った話にした方がおもしろいかな……と魔法トリックは全カットして今の形になりました。そんなわけであくまで“なんちゃって”ミステリです。
作中、先生が「僕は××騎士団××局、西区殺人課××班の騎士だ」と自己紹介をするシーンがあります。実はここ、初稿では「僕はアマゾナイト騎士団ニオウ局、西区殺人課ムツミ班の騎士だ」となっていました。我々の部に「むつむ高校文芸部」という名前がつく前、部長が出してくださった他の高校名案から取っています。他にも「××メールサービス By××通信」は「ゲネックスメールサービス Byゲネックス通信」でした。現X(旧ツイッター)からです。どちらも文字数との戦いで抹消されました。実は春の部誌に出した「天河こども公園」も高校名案から付けたのですが、気づいた方はいらっしゃったんでしょうか。いないね。
あとなんていうか、その、せっかく素敵な共通テーマなのにくさい話で大変申し訳ありませんでした。排泄物とか腐乱臭とかさぁ!
そんななので作品の香りは「スパイスかアニマリック」と申請した……のですが、仕上がったPDFを読んで「仲原さんの作品を差し置いてアニマリック名乗れるわけないだろ!!!!!」とミルラに変更していただきました。ミルラ、没薬とも呼ばれてミイラの防腐剤なんかに使われていました。そういうことです。
感想は以上になります。せっかくなのでそれぞれの作品に感じた香りを書き添えてみました。
うーん、個性的。秋の部誌は特に毛色が分かれたというか、それぞれの作風が強く出ている気がします。春夏の時点より、それぞれの部誌以外の作品を私がいくらか読んだこともそう感じた理由の一つかもしれません。
冬はお題シャッフル号でますますバリエーション豊かになりそうで今からわくわくです。この度は秋ノ号に参加させていただきありがとうございました、冬もよろしくお願いいたします~!