たらいで行水
「朝から水はってるからお日さんで温もってるかな」
玄関を出て右、一段高くなったところに水のはられた金だらいがある。
「ここで遊んでて。じょうろいるか。ほら、じゃー、じゃー。ママあっちにおるからな」
ちゃぷんと少し冷たいたらいの水の中に座らせ、ブリキの金魚のじょうろを渡し去っていく。
夏のお昼まえ。いいお天気。玄関横の庭先にひとり置いていかれた。たらいの前にはおじいちゃんの上木鉢がいくつも並んでる。ほうり出した足の間に赤い金魚のじょうろ。
お風呂じゃないのにすっぽんぽんやで、水着着てないで、ママー。もう。ひとりで遊んでてって、ひとりで遊んでも、そんな金魚のじょうろだけで、
じゃー、ぶくぶくぶくぶく、じゃー、ぶくぶくぶくぶく、金魚のじょうろすき、じゃー、ぶくぶくぶくぶく、じゃー、バシャ、バシャ、バシャ、お水たたくのおもしろい、バシャ、バシャ、バシャ、ぶくぶくぶくぶく、バシャ、バシャ、じゃー、ぶくぶくぶくぶく、バシャ、バシャ、バシャ、
「ははは、ええなぁ、気持ちよさそうに遊んでやるなぁ、ははは」
はっ。遊んでた。
前の道通る人に見られた。笑われた。恥ずかしい。垣根あるけど門のとこから見えるやん。
じゃー、ぶくぶくぶくぶく、じゃー、ぶくぶくぶくぶく、じゃー、ぶくぶくぶくぶく、じゃー、ぶくぶくぶくぶく。行かはった。
「ママー、ママー」
「はいはい、なんや、おもちゃ足りひんか、これも入れよか、洗濯干してるからもうちょっと遊んでてや」
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覚えている一番最初の記憶。
いつの間にか夢中で遊んでたのが、通りがかったおばさんの声で一気に我に返った。夢中で遊んでるのを見られてたのかと恥ずかしかった。はだかで金だらいで行水してるのを見られて恥ずかしかった。何より自分が夢中で遊んでたことに気づいて驚いた。
たぶん二歳前後の記憶。
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