包丁をあぶる母
私が短大に入学するとき、説明会の予定表を見た母が、「あんたんとこの学校は踊りも教えるの?」と聞いてきた。
すこし特殊な科目のある学校とはいえ、踊る授業はない。
「ガイダンスってどんなダンスやの。初めて聞いたわ」
そう、母は説明会のオープニングアクトに授業のひとつである「ガイダンス」という踊りが披露されると思ったらしい。
ないから。そんなダンス。
「かものはしってどんなはし」と聞かれたこともある。
「どっかの川に架かってる有名な橋?」
違います。
生き物だと知ってめちゃめちゃ驚いてた。
知らないことばに出くわしたときのボケは仕方ないとして。母の行動は想定外なことが多い。
ある日、電池を交換しても火がつかない、ガスコンロが壊れた、えらいこっちゃと母が慌てて父に報告にきた。
さすがに長年連れ添っているだけのことはあって、母の少し抜けた行動に耐性のある父は落ち着いていた。電池はほんまに新品か、電池の向きは合ってるかと、基本の確認を怠らなかった。
新品を買ってきたし、入ったから間違いないと胸を張って答える母。
そこでようやく父がガスコンロを見に行く。
見事に電池のプラスマイナスが逆だった。
「これどうやって入れたんや」と言うほどガッチリはまっていて、電池はなかなか外れなかった。母いわく、「ちょっと入れにくかった」らしい。
コンロは壊れていなかった。
プラスとマイナスの向き、大事。
弟と母と三人で、アイスケーキを食べようとしたときのこと。
冷凍庫から出したばかりでカチカチで、包丁が入らず切り分けられずにいた。しばらく室温に置いて柔らかくなるのを待とうと弟と話していると、突然母が包丁を持ち立ち上がり「わかった」と膝を打つ勢いで部屋を出て行った。
台所に向かった気配があり、弟とふたり、言葉にはしなかったがなんとなく、ああ、なるほど、と母の行動を想像していた。
「どいてどいて」と包丁片手に戻ってきた母は、アイスケーキに包丁を入れ、包丁の上を手のひらで押した。
「熱っ」
やっぱりか。止める間もなかった。それは考えてなかった。
コンロの火で炙ってくるやろな、までは想像できたが、自分で熱々にした包丁を押さえつけるとは思わんかった。
思い立ったらすぐ行動する母。
亥年で獅子座でAB型。
イノシシがかなり濃く出てる気がする。
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