遠山孝之写真集『褪せた地図』に寄せて③ 中沢新一
『褪せた地図』という新しい写真集で、遠山さんは自分のそういう「思想」に頂点をつくりだそうとした。丸石神のある国とはまるで違う時間の流れで構成されたアメリカを舞台にしている。先住民を別にすれば、この国の住民の心を流れる時間はきわめて新しい。最大の時間幅をもつ流れは「大自然」のものであり、それはきわめてゆっくりとしか変化しない。その「大自然」の上をめまぐるしい速さで、人間たちの時間が流れていった。東海岸から拡張していく人間の文明にあわせて、南部や西部に人間の営みが拡大していった。それらの人間の営みはいくつかの大都市につながっていたため、そこから送り込まれてくる血流が途絶えないうちは、「大自然」の只中でも生き生きと活動ができたのである。
ところが産業の構造が変化し、「大自然」の中に点在していたそれらの生命体の拠点に血流を送っていた血管の流路が大きく変化してしまった。血液が届かなくなってしまったのである。その結果、そこに生活していたものの生命は徐々に「褪せて」いき、建物の中にいた人間はいずこへと去っていってしまった。人間がそこに生活していた頃の時間の流れの痕跡だけが取り残されて、人間はもはや不在である。それらの流れを「大自然」の時間が包摂している。
遠山さんはここで自分の写真「思想」の総決算をしているように思える。遠山さんに独自の「多時間写真」はよけいなものをそぎ落として、もっとも単純なシチュエーションを選んで、そこで自分の「思想」の骨格だけをしめそうとしている。たぶん遠山さんの意識自体が、「多時間写真」のような構造をしているのだろう。それは静謐で、やさしいのである。
(写真出典:『褪せた地図 FADED MAP America on the back roads』)
丸石神 ── 庶民のなかに生きる神のかたち (1980年)
丸石神調査グループ 編
1980年6月1日刊行
中沢新一
1950年山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学。現在、明治大学研究・知財戦略機構特任教授、野生の科学研究所所長。思想家・人類学者。
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