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欧州旅行RTA③孤独感

 駆け足で巡る欧州旅行も残すはあと1晩と1日。ラトビアのリガのホステルにチェックインしたところから話は再開する。

3日目:リガ(ラトビア)

 ホステルにチェックインして荷物を降ろす。1時間ほど好きにスマホをいじった後、5時前にようやく重い腰を上げて街に繰り出すことにした。
 ホステルのコンクリの壁に囲まれた陰気な階段を降り、外へと出る。とうに日は沈み、また雨もやんでいた。雨が残していった湿気で空気がしっとりと濡れている。濡れた石畳が街の明かりできらきらと輝きおとぎの国に舞い込んだようだ。

 まず、昨日リトアニアで時間が遅すぎてポストカードが買えなかったので、今回はご飯よりも先にポストカードを買っておくことにする。あちこちのお土産屋さんを見て回るが、ぱっとしたものがない。どこのポストカードも日本にいたときに比べて全然センスがないような気がするが、僕の目が肥えてしまっただけかもしれない。ほかのお土産はかわいらしいものも多いのにどうしてポストカードだけがこんなに恵まれないのだろうか。

 しばらく見て回るうちに、昼間雨が降るなか、そこだけ暖かい光を灯して煌めいて見えたお土産屋さんにたどりついた。巡り合わせのようなものを感じて中に入る。かわいらしい雑貨にかこまれてポストカードが並んでいる。それはまさに思い描いていたポストカードそのものだった。白地に濃い油彩のようなタッチで、くっきりと、でも幻想的にリガの街が描かれている。
 ここで買おうと決め、何種類もあるポストカードをなめるように見て吟味する。と、ふとそのうちのひとつが目に留まった。建物、月、屋根の上で月を背にバイオリンを演奏する男、手前に木の枝がありそのうえで猫が2匹身を寄せ合うように座っている。そして深い紺碧の夜空。
 その夜空に、今朝リガのバスターミナルから駅へ移動するときに見た明けない空の深く濃い青色が重なる。また、その構図が前に大切な人が描いてくれたポストカードと重なる。誇張ではなく、何かの導きだと思った。それをもってレジに向かうと高貴さの漂うお姉さんがひとことGood Choiceと言った。

Good

 しばらく街を徘徊する。旧市街を出て閉まりかけの市場を見る。フットサルコートは余裕で入りそうな巨大な倉庫のようなものが5つくらい横並びになっており、それぞれが違うものを卸売りしている。ほとんどの店がもう閉まりかけだったが、卸売市場のすみのカウンターだけのバーみたいなところで飲んだり食べたりしている人たちがいる。昨日リトアニアのバスターミナルで出会ったおばさんが言っていたマキシムというスーパーも発見した。伏線回収のようで面白い。
 市街地に出る。ここは旧市街と違い、ビジネスマンや学生みたいな人たちも含め人でごった返している。ちょうど帰宅と外食が重なる時間なのだろう。旧市街は落ち着いていてしっとりとした雰囲気だったが、新市街(でいいと思うが)は人でにぎわう活気のある街で、トラムも車もせわしく走っていてこちらもとても良い。その地の生の生活を感じる。そして都会である。さすがは首都。ウクライナへの連帯が強いのか(世界史的にはバルト三国はロシアと仲が悪いで有名だが)壁一面にウクライナ国旗が貼られていたりする。

都会

 新市街の中心の通りをまっすぐ下っていくとまた旧市街に戻ることができる。そして新市街と旧市街の間に境界線を引くように細い川と公園があって、さらにそのわきをトラムが走っている。トラムは白と青に塗られており、中では白色の電灯が煌々と持っている。外の骨身に染みる寒さに比べてトラムのなかは暖かそうだ。気温差で結露が窓いっぱいにできている。そのぼやけた窓越しに人々が思い思いのことをしながら帰途に就く様子が見て取れる。僕はそれを寒空の下で眺めている。これほど圧倒的な対比があるだろうか。この気持ちを、旅情を掻き立てると人は表現するのだろうと思った。暖かなトラムのなかの人たちはこちらを見もしない。こちらは圧倒的な異物としてそれを外から眺めている。北国の夜。

孤独と温もり

 リガに訪れたことのある友人から勧められた中世の雰囲気を完全再現したというレストランに行く。少し値が張るらしく、こちらも一人なので大いに躊躇したがまあせっかくの体験だし強く押されたので行くことにした。中に入るともうそれは見事に中世の雰囲気である。いったことはないが懐かしくなるレベルで。薄暗い石造りの建物に木の机が並び、明かりも目に見える範囲だとキャンドルしかない。見事である。
 実際高めのメニューを眺め、バタービールと一番安かった豚の料理らしきものを頼む。先のビールが来る。少し飲んでみる。おいしい。甘い。最高。僕はビールらしいビールが基本的には好きなのだが、今回は見事にはまった。遅れて豚がやってくる。でかい。豚足の関節部を丸焼きしたものが某にぶっ刺さって提供され、その下にちょっとした野菜やピクルスが添えられている。見た目は完全に某モンスターハンターのこんがり肉である(そしてよく考えれば店の雰囲気も限りなくMHP2Gの集会場に近い)。
 こんがり肉は、よくよく説明を読むと「中世の騎士2人分の量である」などと書かれており明らかに1人で来る店ではない。1人で来たならおとなしくスナックかベジタリアンメニューでも頼むべきだったのだろう。皮つきなので、そもそも皮と脂の層がものすごく厚い。食事ではなく戦いになることをこの時点で覚悟し、二郎で培った知識に基づいて初手で皮と脂をガツガツと食う。お腹が膨れてから食べると気分が悪くなるからだ。しかし皮と脂でお腹いっぱいになるのも本末転倒なので、ある程度食べたら肉も食らう。

集会所じゃなくてレストラン

 気合を入れてゆっくり食べたおかげで、さすがにこれを食べたら致命傷になるなと思う分の皮と脂を残し、ピクルスや付け合わせのパンも含めて完食した。味は大変野性的だったがものすごくおいしかった。ギリ動ける程度にお腹がいっぱいになった。ぎりぎり気分悪くはない……
 この次にラトビア人の友人におすすめされたバーに行くつもりだったがどうしようか。正直ビールしか飲む気はないしビールが入る気はあまりしないが、動けるし、気分も悪くはない。気合を保てばもう少し食べられそうな気すらする。行こう。バーに移動する。バーはカップルや若い集団で賑っていた。明るいカウンターとは対照的に店内はネオンが妖しく光っている。店員もカウンターの端で話をしたり、自分のお気に入りらしい音楽をかけたりしてリラックスしている。たしかにちょっと飲むにはいい場所だ。お腹がいっぱいなのでぐびぐびとは全く飲めないが、気分だけは乗ってきたのでゆっくり大切にカウンターの端で2杯ほど飲んで退散する。今度は人と来たいな……

お腹いっぱいで味はあまりわからなかった

 腹ごなしに1時間ほど旧市街を散策して帰宅。本当にずっと寒いが、雨も止んでいて、雨が幻想的な雰囲気を残していってくれたので良かった。昼は本当に陰鬱な気持ちになりかけたが夜は旧市街でも店内では楽し気に飲んだり食べたりしている人間がいて陽気である。寒いうえ人気がなく街頭で石畳がさみしく光る外と、明るく暖かく人々の活気が満ちた内が、北国でしかないコントラストを為していて情緒的だ。またその街とそこを一人で漂う僕の間でも見事にコントラストがある。これぞ旅の孤独、旅の醍醐味。

 ホステルではシャワーだけ浴びて就寝。ようやく暖かい布団にくるまって足を延ばして寝られるぞ。

4日目:深夜ホステルにて

 何かに呼ばれた気がして起きる。いや、おそらく呼ばれたという確信がある。返事をする。人の気配がする。ベッドのカーテンを開ける。チェックインしたときにスマホをいじっていた同部屋の人間が立っている。
 何か言っているが、明らかに呂律がおかしいし、ふらふらしている。うわ、完全に酔っているな……どうやら暑いので窓を開けていいかと聞いているようだ。たしかに素面に戻った僕にとってちょうど良い室温なので、酔漢にとって暑く感じるのも納得はできる。まあ布団があるからいいけど……
 そして今更気づいたがこの10人部屋、今晩は僕と彼の二人しかいない。まあ酔ったながらも窓を開けるなら許可を取らないとと思ったのだから、根は良い人なのだろう。窓を開けた後もどこから来たのかとか、いつ来たのかとか、本当にどうでもいい世間話をしてくる。分かるよ。寒いし夜だし暗いし酔ってるしさみしくなるよね。喋りたくなるよね。北国特有のさみしさみたいなものが特にここは強いからね。いいんだよ、でも今、朝の4時なんだよなあ。こちとら4日ぶりのベッドなんだよ。

 まったく経緯はわからないがどうやらアメリカ人で旅をしているらしいということはわかった。こんな秋から冬への入れ替わりの、寒いだけのシーズンオフにラトビアをひとりで旅するなんて、僕が言うのもなんだが変な人だなあ。今から彼女に電話を掛けるから、俺の代わりに話してくれなどとわけのわからないことを言う。わけがわからなさ過ぎて了承してしまった。彼女は電話を出た瞬間に酔っていることを悟り、初手から「なんやねんもう」みたいなテンションだった。さらに僕が出て経緯を説明すると、深夜4時に同部屋をたたき起こし電話に付き合わせていると知って唖然とし、「なにをやっているんだ、彼を寝かせてあげないと」と言い出した。良かった、彼女めっちゃまとも。そして少し冗談も通じそう。そっか、どこの国でも(?)酔って彼女に電話かけて怒られつつ心配されるんだな。ぎりぎり微笑ましい。

 程よいタイミングになるまでだいぶ時を要したが、彼女は彼氏を宥めすかすことにようやく成功する兆しが見え、彼も僕を開放する雰囲気が滲みだしてきたので、ベッドに戻ってカーテンを閉めて寝てしまうことにした。朝の4時に泥酔したアメリカ人と、アメリカにいるその彼女と3人で話すという、あまりにも意味の分からない状況だったが、もはやここまでくると楽しいかもしれない。彼氏は僕が明日出ていくせいで2人で飲めないことに文句を言っていた。まあ若干、わずかながらちょっと僕も勿体ない気もする。
 でも快眠するためにカーテン付きのホステルにしたのにこんなこと起こるならまじでホステルってどんなところでもええな。

4日目:リガ(ラトビア)

 朝起きて支度をし、ロンドンから持ってきていたカップ麺を湯がいて朝食とする。そしてバスまでの1時間ちょっとを最後の散策に充てることにした。
 旧市街を抜け、新市街すぐのところにある教会に行く。昨日の教会は入場料がかかる割にクオリティに満足できずに少しがっかりしたが、今日のところは入場料がかからない代わりに撮影ができないらしい。
 おそらくロシア正教会系の教会。見た目は少し丸っぽくて、ちゃんとみたことはないけどモスクみたい。なかに入ると、薄暗いなかあちらこちらにイコンが飾られている。しかも、これまであった礼拝用の椅子もない。そのイコンもどこかでみたような聖母やキリストの絵にもうほぼくり抜きパネルの要領で装飾がつけられている。本当にあってる? ギンギラギンやけど…… でも、そのイコンの前で祈りを捧げる信徒たちは椅子もないなか長時間懺悔せんばかりの姿で、しかもそれを各イコンの前で繰り返している。敬虔でないばかりか信徒ですらない僕はなんだかいるだけで気まずい。
 まあ実際のところ椅子がないのであればどうしようもないので、一通り見て回り、教会の空気を胸いっぱいに吸ったところで早々に去ることにした。そして昨日はほぼ店じまいだった市場に向かって、賑う市場で魚の生臭いにおいを胸いっぱいに吸い込む。さすが海沿いの北国だけあって肉厚で脂肪の多そうな魚がいっぱい売っている。加えてそこかしこでサーモンが売られている。それも1尾2000円とかで。さすが、産地が近いだけのことはある。
 見慣れない魚もいっぱいあって、スーパーで売られている魚を見るのが趣味の僕にとって楽園みたいなところである。こちらのスーパーは姿そのままで売っているスーパーがあまりないうえ面白い魚も少なく拍子抜けだったが、ここに来て予想外の楽しみ方ができてうれしい。こういった魚を食べる機会を持てなかったのが残念。次来たら海鮮がおいしい店にぜひ行きたい。 

こんな建物が5・6棟ある

 リガ編があまりに長くなったが、ようやくバスで出発する時間が来たのでバス停へ。ぼちぼち遅延したがなんとか乗り込み、この旅最後の目的地であるタリンへ向かう。

4日目:タリン(エストニア)

 エストニアはIT大国として有名らしい。ほんまかいな、とは思うが、実際タリンのバスターミナルはIT大国っぽく整っていた。オレンジをメインに木目調を取り入れた建物、ところどころ曲線的なデザイン、加えて幾何学模様の標識と、そのお洒落さと先進国っぽさはイギリスも含めても断トツ。とはいえやることも特になかったので早々にバイバイ。
 事前にGoogleマップで調べてよさそうだった24時間営業の家庭料理のレストランという、何か概念的に間違っている気がする店に行く。ちょこちょこレビューを読んでみると「おばちゃんは不愛想だが悪い人ではなく味は文句なし」という店らしい。いや最高やん。実際、おばちゃんは愛想は良くはなかったものの、全く悪くはなく、味もまた文句なし。日本の店員が今のところ訪れた国のなかでマニュアル接客のレベルが桁違いなのは間違いないのだが、それがいいことなのかはあまり判断がつかない。こっちのほうが素で接客している気がするし、人と人という感じがする。もちろんその分当たりはずれはあるし、仏頂面なことは多いが、人の温かみを感じる機会もあるし、安心感もある。
 14時くらいだったが、ちらほらと地元のおじさんみたいな人がご飯を食べている。僕がいちばん発音しやすそうなメニューを頼んだところ、出てきた料理は厚切りの豚肉にポテトのバター炒めとサラダとピクルスがついたものだった。バランスも完璧で量も多く、しかもおいしい。特にポテトは格別で、バターと炒めているのだが、その前に片面を揚げるか焼いていて、柔らかいのにカリッとした歯ごたえもあって、フライドポテトとバター炒めのいいとこどりをしている。感動である。余談だが、このポテトに感動しすぎて、のちにエアフライヤーで軽く素揚げしたポテトを使って炒め物をしたところ、かなり美味しくてたいへん満足。

美味!

 さて、食べ終わる。ここから旧市街まで徒歩40分。もちろん歩く。人通りが少なくてやたらと道路工事をしている。前のおばちゃんについていった結果、地元の市場のようなところに迷い込んだりもしたが、30分ほど歩いているとメインストリートのような場所にたどりついた。直方体でガラス張りの、日本の都会で見かけるようなビルがかなり多い。ロンドンにはたまにあるものの基本的にヨーロッパでは見慣れない光景である。
 オペラ座が見えてきて、もう旧市街は目と鼻の先である。ちょっとショッピングモールに寄ったりしたものの、旧市街に無事に到着。タリンの旧市街は魔女の宅急便をインスパイアしたらしい。聖地である。これはほどほどジブリファンとしては見逃すわけにはいかない。石畳のタリンの街は、これまでに訪れたどの旧市街よりも起伏があり、建物の隙間のかわいらしい階段を縫うように上ると城壁のようなものが見え、さらにそこから坂道を登っていくと旧市街を見渡せる場所に出ることができた。
 絶景かな。クリーム色の壁とえんじ色の屋根の建物が一面に連なっている。そして少し日暮れの気配が見える街にオレンジの明かりが灯っていて、クリーム色の壁がその明かりを暖かく反射している。少し飛び出した教会か何かの尖塔がちょうどよいアクセントになっている。今にもどこかからキキがふらりと箒で飛び上がってくるのではないかと思わせる。
 また、旧市街の下の方は建物も大きめでけっこう店が連なる感じだったが、上の方は主張の少ない街並みの角に入り口を隠すようにしてカフェやお土産屋さんがあったりする。つつましやかでおしゃれで幻想的である。

 しばらくあたりを観光する。かなり大きめの正教会らしき教会があったので入ってみる。今朝リガでみたものと同じく、暗くて、写真撮影できず、椅子がなくて装飾付きのイコンがあちこちにある。それが正教会のスタイルなのだろうか。ちょっと雰囲気が厳格すぎてあまり部外者がひとりで入れた雰囲気ではないので早々に立ち去る。同じ教会でもここまで違うのは面白いし、自分のなかで教会の好みが形成されるのも面白い。ヨーロッパに来るまでは自分がここまで教会に好感を持っていることも愛着を抱くであろうことも知らなかった。
 そのあと、上る途中に見た城壁に入れるらしいので入る。1000円くらいしたが、たまにはお金を出そう。円筒形の物見やぐらみたいなところ4つとそれらを繋ぐ城壁を歩けるという内容だった。実際のところ、大して期待をしていなかったし時間もあまりなかったのでサクサク行こうと思ったのだが、予想外に最後のやぐらのなかに様々な展示品が充実しており、まともに見ていたら2・3時間は優にかかりそうなクオリティであった。嬉しい予想外だが、こっちは急いでいるのである。困る。仕方がないので可能な限り早く歩き、ところどころつまみ食いだけして外に出た。もうすっかり日は暮れていた。

 しばらく旧市街をポストカードやお土産を求めてさまよったが、お洒落なものはあるものの刺さるものがなく、でもお店は多くて時間はかかってしまう。そうこうする間にも時間はどんどんなくなっていく。もし時間が許せば昼の店で晩御飯も食べようと思ったが、叶わなさそうなのであきらめることにした。
 なんとかちょっといい感じのポストカードを売っているお土産屋さんを見つけて購入する。お土産はあとで適当な場所でチョコでも買うことにしよう。そして、ちょうどすぐそこの広間でクリスマスマーケットをやっているのを発見したのでそこに寄っていくことにする。

 クリスマスマーケットは、そこまで広くはない広間の中央に大きなツリーが立っており、それを囲むようにぎっしりと屋台が出ている。まさに思い描いた通りのクリスマスマーケット、といった感じだ。規模は大きくないが、このタリンという街の幻想的な雰囲気も手伝ってとてもロマンチックである。あちらこちらを見て回る。人も多くて賑っている。さすがにマーケットなだけあって高めである。このまま見るだけ見て帰ろうかと思ったがそれも悔しい。
 かなり悩んだが、せっかくなのでここで晩御飯を食べていくことにした。大きな鉄板で肉やソーセージを焼いているよさげな屋台に決め、そこでお姉さんに注文する。ノンアルのドリンクを注文したところ、「アルコール入ってないよ、冗談でしょ」みたいな煽りをかまされたので、お姉さんのおすすめのお酒と、そしてブラッドソーセージのプレートを注文した。
 ところが、しばらく待って出てきたのはプレートだけだった。おかしいなと思ったもののお姉さんも自信満々の顔だったのでもしやお酒注文したのが通じなかったのかなと思い、そのまま近くのテーブルで食べることにした。

 このプレートも手放しでおいしかった。普通のポテトフライにピクルス、その上にブラッドソーセージが1本載っており、ケチャップなどをトッピングできる。ただ、両手より大きなサイズの皿にすべててんこ盛りで乗っているのだ。どう考えても2人で食べてちょうどよいくらいの量である。昨日の晩に引き続き、完全に戦闘態勢になって挑む。周りでは多少残しているとはいえ、50代にしか見えないおばさんたちが1人1皿でこれを食べていてもしかしたら人種的に胃袋のキャパシティが違うのではないかとさえ思った。ただ、言ってもこっちは20代前半の男子である。一切残すことなくおばさんたちに差を見せつけて完食。一息つく。
 そして一息ついているうちによくよく考えてみるとどう考えても払った金額と注文が見合っていない。お姉さんは注文したタイミングでは覚えていたお酒の注文を飛ばしてしまったとしか考えられない。アルコールあおりまでして注文忘れる? とは思ったが、さすがに1000円くらい損することになるので確認をつけることにした。
 前に書いたがチェコで日本人に余計なおせっかいをした時の経験から、こういうときにはクレカの支払い履歴を見せて照合させるのが手っ取り早いが日本のカード会社は即時の使用履歴が見れない謎の仕様である。そのことを納得させるのに手間取ったが、最初気だるげだったお姉さんもぼちぼち真面目に取り合ってくれ、決済時刻と値段を伝えてお姉さんが控えを確認するという形で疑いが晴れた。
 僕が料理の写真を撮ったおかげで、決済の時間が誤差1分くらいで分かったこと、前後の客が僕と同じ組み合わせで注文しなかったこと、お姉さんが僕に料理しか提供しなかったことは覚えていたことが幸いし、無事返金してもらうことができた。ここでも悩んだが、もう一度支払ったお金である。返金された額をそのまま手渡し改めてお酒を注文した。そしてちょっとした感謝にお姉さんにチップをあげた。バツの悪そうな顔をしていた。
 リンゴ味のホットワインみたいなものだったのだが、ぽかぽかと温かく、甘めで普段はワインを好まない僕にとってもたいへん美味しかった。ほかほかのワインがなくなるまでぼーっとマーケットの様子を眺め、最後に食器を返却して空港へ向かう。食器はきちんとしたプラ製で返却するとお金が一部戻ってくる仕様になっている。エコ、なのかなあ。

ブラッドソーセージ

 ショッピングモールによってチョコを買い、バスで空港へ。街から空港が近く、30分くらいで着いてしまった。空港自体の規模も大きくなく、1時間半前に着いたのに、10分後には搭乗ゲートまで来てしまっていた。小さめとはいっても快適な空港で、寝心地抜群のソファなどもあって、公共施設が機能的で快適なあたりはやはりIT先進国なのかもしれないと思った。空港の受付のお姉さんが腕にびっしりタトゥーが入っていて鼻ピアスをしていたのを見て、新鮮に驚いた。そのくらいの人は街には普通にいるのだが、そういう人が公的機関で働いているのは日本人的な感覚からすると驚きを隠せない。日本も早くこのくらい自由になればいいのにと思う。とはいえきっと年々そのあたりが自由になりつつあるのだろうとも感じる。まあ、僕はタトゥーも鼻ピアスも興味ないんですけどね。
 飛行機に乗る。乗ってしまうと、もう後はロンドンについて帰るだけだと体が実感するのかもしれない。4日間ろくに眠れていないのを体が思い出したのか、離陸もしないうちから僕は眠りについた。


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