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チキンティッカマサラ
ロンドンはチキンティッカマサラで有名なので(?)、もうすぐロンドンを離れる友人と食べに行った。キングスクロス駅(ハリポタの93/4番線で有名)のすぐ近くに何軒かインド料理屋が並んでいるらしい。見たところどこも悪くなさそうだ。
目の前で少し悩んでいると、店から出てきたインド系の顔の、店員じゃなさそうな人が「入るのかい? ここがいいよ。ここがベストだ」みたいなことをニッコニコの笑顔で言った。本当に? もうこの時点で少し面食らっている。普段イギリスでこんな経験をすることはない。その後に出てきた奥さんやら子供やらも、口を揃えて「ここがいいよ、おいしいよ」みたいなことを言う。ほんまかいな、サクラちゃうやろな。まあでもこういう出会いは好きなので乗っかっていきます。
入店。なんかこの時点で Thank youとか言われている。フレンドリーである。入ってメニューを渡される。あぁこの雰囲気、インド料理屋だ、懐かしい。なぜか照明が暗くて、ソファ席なんだよなぁ。大学の周りにインド料理屋が多すぎたせいかインド料理やに入っただけで郷愁を、まさか感じるとは。
おじいさんの店員がやってきてメニューを渡してくる。そして渡すついでにニッコニコの笑顔で、「さっきのあれは孫なんだよ、わざわざ来てくれたんだよ」と言ってくる。実に幸せそうである。孫なんかい! 息子夫婦だか娘夫婦だったらしい。いやもうほぼサクラやろそれ! でも、父の、あるいは祖父の店を見も知らぬ通行人にベストだなんて言って勧めてくるなんて、めっちゃかわいいやん。おじいさんも幸せそうやし。そういうサクラなら乗るよなんぼでも。そもそも家族の退店のタイミングで僕らが現れたという巡り合わせも素晴らしいしね。
そういうわけで、メニューを渡されたが、まあ見るまでもなくチキンティッカマサラです。それを食いにきたんだから。基本的にインド料理屋では頼んだ後に辛さを聞かれるから、考えておかないといけない。見てみるとマイルドから始まり、ミディアム、スパイシー、ベリースパイシーの4段階あるようだ。辛いのが至上のインドカレーでマイルドは負けた気がするが、辛いのはしんどい。せめてミディアムにしよう……
爽やかイケメンの店員を呼んで注文。チキンティッカマサラを2つ頼む。マイルドか? みたいなことを聞かれた気がするので意気揚々とマイルドひとつとミディアムひとつを頼む。ところが、なんだか店員が説明を始めたところによると、チキンティッカマサラは普通は甘いものでマイルドしかなく、スパイシーが良ければ他のものを頼むといいという。なんだ、マイルドしかないのか、なら心置きなくマイルドでいいんじゃないか。全然変えなくて大丈夫といって注文を取ってもらった。ちなみにナンとパンとライスの3種類があり、それはもちろんナンなのだが、ナンにも3種類あるらしい。ひとつはプレーン、ひとつはガーリック、ひとつはよくわからなかったが何かと焼いてなかにココナッツがどうのこうの。もちろん初めてのものを試すに限るのでココナッツナンを注文した。
周りに客はほとんどいない。3時過ぎという、昼飯には微妙な時間だからだろう。しばらく間が空いてカレーが到着する。まずひとつ、赤い。すごく赤い。トマトくらい赤い。見慣れたクリームがかかっている。インドカレーってなんかほとんどこのミルクみたいなクリームかかっているよね。まず一皿が友人の前に置かれる。次に僕の前にもう一皿のチキンティッカマサラが置かれたのだが、おかしい。クリームがない。ん? と思って店員を見ると、店員は「スパイシーが好きな君のために特別にスパイスを足しておいたぜ」と言って爽やかスマイルを浮かべる。まじか! なんて気が利くんだ! そうか甘いはずのチキンティッカマサラが特別に辛めになったのか、そうか、甘いはずなら甘くて良かったが……
食べてみる。赤いルーにナンをディップしてパクリ。うん、辛い。しっかり口の中が全面的にビリビリするくらいには辛い。つまり、しっかり辛い。ただ美味しい。見た目は辛さに関わらずめちゃくちゃ赤いが、懐かしいくらいインドカレーの味がする。
ツレのチキンティッカマサラを食べさせてもらう。めっちゃくちゃ甘い。全く辛くない。本当に同じ食べ物? ってくらい辛くない。美味しい。いいなあ、でもこっちのルーにはクリームの代わりに優しさが載ってるからな。あれ? 涙が出てきた。優しくされたからだろうか。口がピリピリするのもきっと優しさのせいさ。
ナンは、そのココナッツのせいかちょっと甘くて美味しい。中に何かオレンジ色のとびこみたいなのがいっぱい入っていてそれも違和感なく美味しい。大満足のトライである。
しかも流石インド料理屋というか、それ以上というか、食べている途中にも店員が入れ替わりやってきて、Good? とか聞いてくる。いや、ほんとにGoodですよと伝えるとニッコニコで戻っていく。大変かわいいのですが。なんかこんなふうに他人に人懐っこくされたのは久しぶりな気がする。
食べ終わってもしばらくは連れとだらだら話をする。客はほとんどいないし、インド料理やなんてゆっくりする場所(多分)だから大丈夫ですよ。こうしてイギリスで知り合えたのも何かの縁だし、いろんな話を聞いてくれるので話しやすい。僕がこっちでやりたいことを僕の何倍ものバイタリティでゴリゴリやってるすごい人だ。多分僕よりはるかにロンドンに詳しい。
しばらくしてそろそろ移動しようという話になり、会計を頼む。出てきたおじさん店員に、割り勘でと伝える。なのに多分2で割るのがめんどくさかったのだろう、28ポンドくらいの会計だった気がするが、15ポンドと13ポンドみたいに雑に割ってYou are the richとか言って問答無用で払わせてくる。いやいやいや……そういうところも好きですよインド料理屋さん!
そして去り際にYou are from Japan, right? Which part of Japan? とか聞いてくる。各々答えると、「トウキョウデス」って言って去っていった。え? え? どゆこと? ふたり唖然。ジョークにしては言いなれている感というか、自然だったんだが。
荷物をまとめて退店するときにカウンターにその人がいて改めて話しかけてきた。なんと、某超大手日系商社で勤務していたらしい。名刺を見せてきた。唖然超えて愕然。え、なんでそんなバリバリのサラリーマンだったはずの人がロンドンでチキンティッカ出してんですか。どうやら家族はまだけっこう日本にいるらしい。俺が君に仕事紹介してやるよ、なんて冗談かましてる人の隣で僕らはあっけにとられて口をパクパクしている。
そのうちにその人はなんでもない時間に来た日本人客と話していい気分になったのか、You drinkと言ってカジュアルにカウンターの向こうの店員に顎をしゃくった。温情マジ辛チキンティッカを持ってきた店員である。店員も手慣れた手つきでウィスキーのショットを2杯用意する。え、いや飲むってこういうことやけどそりゃ、でも今夕方の4時で、相場ってテキーラじゃないの、心構え出来てないて、てかなんでインド料理屋のこの狭いカウンターにバーでしか見ないボトル逆さまにしたやつあんの?
おじさんがニッコニコの笑顔でこちらを見ている。ツレは本当に飲めないらしく固辞している。おじさんが顎をしゃくる。覚悟を決める。ショットグラスを煽る。むっちゃむせた。咳き込む。おじさん笑う。飲み切る。おじさんの知り合いの客が来る。おじさん話始める。それを横目に店を出る。愛してるぜインド料理屋。