あなた次第なのよね……。
茹でガエル 気づかへんまま 死ぬなんて
まことしやかな 寓話なんやし
呟歌 [自由律短歌]
「茹でガエル現象」って有名なお話は、本来は心理学者や経済学者、経営コンサルタントなどが、この話を比喩として使用することで知られている。
ネットなどで見かけて「常温から茹でられたカエルは死ぬまで気づかない」ってところだけで、この「カエル」の生態を勘違いして記憶して、相当おばかなカエルなんだってね。
本当の実験では、「熱湯に入れられたカエルは動けず即死で、常温から茹でられたカエルは熱くなるに従い活発に動きだし、終には逃げ出す」って結果だから、このお話はよく出来た疑似科学的な作り話(quasi-scientific fable)ってことなんですよね。
けれども、この実証実験の結果も挙げて、疑似科学だと断った上でこの理論を紹介し、ぬるま湯に浸かった危機を警告しようとする人もいる。「組織論」でも『ベイトソンのゆでガエル寓話』として紹介されてから、 主にビジネスセミナーで「茹でガエルになるな」「茹でガエル現象への対応」等の趣旨にて講演が行われることも多く、また書籍も数多く出版されている。
仮に作り話であっても(そんな状態だと分かったなら)何とかしないといけないと思うだろう。もしくは、その危機にさえ気づけばジットはしてないだろうって思うから警告してくれてはるんやんな。それはそれで説得力があると言うことなんだろうね、分かる気もする。
でも、こんな警告すらも「誰のことだろう?」「なんのことだろう?」って気にもしなければ、考えることもしなければどうなんだろう。
まさにこの寓話の「茹でガエル」なのよね。
ジワジワと迫りくる危機に思考停止になって気にも留めないままだと「ある日突然進退窮まれり」って状態になってしまうということね。
普通に自分の足元や、今置かれている状況を見極めろってことよね。
これがそう簡単に分かるなら苦労はしないって話よ。
自己保全のバイアスもかかるし、だからって改める機会も力もなかったら、認めたくないしねw
そのまんま「苦しまないで」死んでしなうなら「何も分からない」し
知らずに死ねるってある意味「幸せ」かもよw
「知る自由」もあれば「知らない自由」と言うのもあるからね。
「知りたいのか」「知りたくないのか」はたまた
「関係ないのか」どれを選ぶのも自由だからな。
そんな「茹で蛙」を笑うのか?教訓にするのか……。
「あなた次第」なんだからさw
ほんなまにな・・・大きなお世話だったりしてw