【アンチ異世界ファンタジー】ペンは魔法剣よりも強し#7第2話「魔法ペンとサーガ」①
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僕がやっていた習い事は嫌な事ばっかだったけど、楽しい事もたまにはあった。
通っていた学習塾に、社会科で変な先生がいた。変わった格好をして、変わった授業形式をするその先生は、あだ名でジャングル先生と言われていた。ジャングルを探検するような、インディージョーンズみたいな恰好をしていたからだ。
僕はその先生の授業だけは好きだったから、引っ込み思案なのにも関わらず、ある日その先生の元に質問に行った。
質問の内容なんてどうでもよかった。その先生と話がしたいってだけだったんだ。
授業終わり、ジャングル先生は快く僕の質問を受けてくれた。質問が終わり、僕は席に戻ろうとしたその時、先生のノートがちらりと見えてしまった。
そのノートには綺麗な日本語とは別に、ミミズが這ったような汚いメモ書きが――それもどこの言語かも分からないような何かが書かれていたからだ。
僕は思わず、「この文字、何ですか?」と訊いてしまった。覗き見というのはあんまり褒められた事じゃないが、それでも先生は笑って言った。
「これはね、速記術っていうんだ。文字や話し言葉を素早く書けるように、改造された文字列の事なんだよ。先生はたまたまその訓練をしていたから、授業中のメモ書きなんかはこうして書いているんだよ」
「授業中に、何でメモなんか取るんですか?」
「そりゃあ、皆が退屈そうだったり分からなそうだったりした部分は、改良しなきゃだろ? そのポイントを書いてるんだよ」
「僕、そのそっきじゅつっていうの、習いたいです」
なぜか、そんな言葉が僕の口から出てきた。不思議そうな顔をして、ジャングル先生は尋ねる。
「どうしてだい?」
「だって……僕ノート取るの遅いし、空手とかピアノとか色んな事をしなきゃいけないから、塾なんかも疲れて授業聞けないんです」
「それで?」
「もしそっきじゅつが出来れば、ノートとか早く取れていいかなって……」
するとジャングル先生はおかしそうにはははと笑った。僕は顔を赤らめて、また何か変な事言ってしまったかな、と思ったが先生は手をポンと叩くと膝を曲げ、僕に視線を合わせてこう言った。
「よろしい! 速記術を教えてみるっていうのも面白そうだ! 簡単なカリキュラムを作ってみるから、一週間後の授業の時にまた来なさい」
僕は喜んではい、と言った。自分から興味を持った事を、自分で学べるなんて初めての経験だったからだ。
こうして、僕とジャングル先生の個人授業が始まった。
もちろん、ジャングル先生も忙しいので授業後の十五分だけしか時間は取れなくて、あとは先生が作ったプリントを使った宿題となった。
でも、忙しい中でもこの宿題をやるのは楽しかった。最初はわけの分からないミミズ文字が、だんだんと読めるようになり、やがて相手の話している言葉をそのまま写し取るようになれると、とんでもない喜びに満ちた。
ジャングル先生はそのうち僕に本をくれた。速記術に関する本らしかった。
「速記術っていうのはそのうち廃れるものなんだ。今ならタイピングの方が早いしね。でも佐原君に教えるのは面白かったよ。これは今の君には難しいかもしれないけど、そのうち中学生、高校生くらいになったら読んでごらん。きっと自分だけの技術を身に着ける事ができると思うよ」
そうして、ジャングル先生との最後の個人授業が終わった。
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そのカラスは、一般的に『カラス』と呼ばれるようなごくごく普通のハシブトガラスのように見えた。黒くつやつやとした小さな体躯に、なだらかにカーブした丸い頭、硬く鋭い嘴にどこか愛嬌のある真っ黒な目玉、ただしその目玉は『三つ』あった。目の前にいる『三つ目カラス』の、三つ目の眼球は人間で言うところの額に、くるりと備わっていた、まるで最初からそこにあったかのように。
『三つ目カラス』は最初、くり、くりと首を傾げてじっとサーガを見つめていた。まるで品定めしているみたいだった。それが十数秒続いた。くり、くり、その間、サーガは身体が石のようになったみたいに身動きが出来なかった。カラスに睨まれるなんてまったく初めての事だったからだ。
やがて三つ目カラスは、何かを察したかのようにぴょんぴょんと二、三回、両の足で跳ねた。それから翼についたゴミを振り払うかのように四回羽ばたくと、その嘴の奥から小さく、
「……不合格だな」
甲高い声で呟いた。汚いようなものを踏んだような、苦々しい声であった。
「何とか苦労して呼び寄せたと思ったら、『くらやみ』に絡まれる。絡まれたと思ったらみっともない記憶を晒される。晒されたら晒されたでそのトラウマと言わんばかりの薄汚い記憶に押しつぶされ惨めな声を上げる。まるで下の下の下だ。こんな奴を呼び寄せた自分が情けなくてしょうがねえ。惨めな気分すぎて自殺したくなってくるぜ」
「ちょっと待てよ……」
混乱、一言で表すならサーガの心境はまさにそれであったが、あんまりにも目の前の三つ目カラスが罵倒するので、思わずサーガはその愚痴に水を差した。
「一体……いったい何が起きてるんだかさっぱり分からない。まず『あれ』は一体何なんだ。それから……そう、ここは一体どこなんだ。俺は何でここにいるんだ!?」
「うるせえな。クソを鍋で煮込んだようなお前の間抜け面を見てると気が滅入ってくンだよ。さっさと俺の目の前から失せろ。もっとも、『ここ』に出口なんかないがな」
「失せろと言われてはいそうですかと答える人間がどこにいる!」
ガァ、と三つ目カラスが大きく鳴いた。
「小僧のくせに生意気な口を利くな! 今度その肉開いたら次にはその喉笛無いと思え!」
数秒、にらみ合いが続いた。
サーガの髪は逆立ち、その四肢には既に熱い血潮が戻っていた。まだ発達途上の細くしなやかな肩が盛り上がり、切れた目には力強い光が滾っていた。
サーガは元の『サーガ』に戻っていた。
ふふん、
やがて額の目玉の瞬膜が、一瞬閉じたかと思うと、三つ目カラスは嘴の奥からせせら笑うような音を漏らした。
「……少しは見れた顔に戻ったじゃないか、ええ? どこにでもいる普通の不幸な高校生だと思ったが、少しは歯ごたえがあるかもしれんな」
「一体何のことだ?」
「世界を殺す覚悟はあるか?」
黒い眼玉がぎらりと光った。
「……場合によっては」
「良くもないが悪くもない返事だ。立てよ。歩きながら話すぜ」
そう言うと三つ目カラスはぴょん、と跳ねて背を向けた。サーガも合わせて立ち上がった。脚や腕がぎしぎしと筋肉痛のように軋んだ、何か身体に変化が起きている、彼は何となく直感的にそう感じた。
「ああ、それから――」
首だけ振り向いてカラスが言った。
「頭、木屑が付いてるぜ。みっともねえ」
サーガは一瞬虚を突かれたが、カラスが笑っている事に気付くとぐしゃぐしゃと髪の毛を大きくかいた……まったくもって自分の身に何が起きているか分からないが、兎にも角にもこの『カラス』についていくしかない。
「どこかのストーリーによれば、神は初め『光あれ』と言った。すると光ができた。だが同時に闇もできたんだな……うまく作られた話だ。この世界が何で出来ているか分かりやすいお話に仕立ててやがる」
歩き始めて五分程度、三つ目カラスは唐突に話し始めた。サーガは依然、高校制服のポケットに手を突っ込み、若干遅いカラスの足並みに揃え、右左と歩を踏み出していた。
「…………」
「何の事だか分からないって言いたげだな。だがどこから話すかと考えた場合、神話や宗教の所から入るのが一番自然なんだよ。……おい肩を貸せ」
「はあ?」
「跳ねるのに疲れた」
そう言うと三つ目カラスは急に羽ばたいてサーガの身体に飛びついた。
「うわっ、痛い」
「当然だろ。カラスなんだからな」
「しかも獣臭いし」
再び歩き始める二人。依然として世界は真っ白な天蓋に覆われ、大地はつるつるとした大理石のようなもので東西南北、四方八方無限に広がっていた。
「……ここには何にもないな。石ころ一つ転がってない。寂しいところだ」
「いいところを突くな、サーガ。そうだ。ここには何にも無い。《何にも無い場所》だ。世界と世界の隙間に生まれた、膜のようなものさ。ちょうど光と影の境界線みたいなところだな」
「線は面積を持たないよ」
「宇宙レベルの話になれば違っても来るさ」
コツコツとローファーの音だけが響いていた。音が無さ過ぎて鼓膜が痛くなってくるくらい、そこには何も無かった。ただ肩に乗る三つ目のカラスが指す通りに、サーガは途方も無く歩き続けていた。
「……で、お前がこれから行く世界は、《ヴァ―ラ》と呼ばれる異世界だ。世界は対になってる。お前らの世界が光か影かなんてどうでもいい話だが、兎角《ヴァ―ラ》はお前らが住んでいた宇宙と、対になっているような世界だ。海と空、地面と大気、昼と夜、陽子と電子。もしこの世の理を収めたルールブックがあるなら、その項目の一つには、『みんな物事はペア同士』って文章が書かれていなきゃいけない」
「そういえば」
「なんだ」
「あの化け物――『くらやみ』は何だったんだ?」
「『くらやみ』は『くらやみ』だ。訳が分からないから『くらやみ』なんだ。『くらやみ』は人を食らう。人の苦しみとか、怒りとかってやつをな。それを無理やり人間から引き出すんだ。そして最後には殺す」
「それ以外には分からない?」
「そういう事だ。きっと《ヴァ―ラ》からお前を殺しにやってきたんだろうな。先を越されたぜ」
「でも君が助けてくれた」
サーガが言うと三つ目カラスはうざったいと言う風に翼を震わせた。ごわごわという感触がサーガの頬に伝わった。
「お前が《大六聖道》に選ばれた者だからな。お前が普通の人間だったら見逃してた。もっとも、本当は俺がお前を《ヴァ―ラ》に連れてくる予定だった。だが『くらやみ』がこの『膜』に侵入してるとは思わなかった」
「《大六聖道》?」
「お前は選ばれたんだよ。地獄の一丁目にな」
やがてサーガは視界の先に何か見えてきた事に気付いた。そこは、世界の切れ端だった。真っすぐと左から右へと、線を引いたように境界線があって、その先は無だった。サーガは自分が真っ白で巨大な直方体の端っこにいるところを想像した――自分が崖の先へ向かっていくところを。
「お前は既に力を授けられた。《大六聖道》の力が一つ、【魔文】」
「【魔文】……」
「ブレザーの内ポケットを探ってみろ」
言われた通りに手を突っ込むと、サーガは何か硬いものが手に当たるのに気付いた。さっきまでは入っていなかったものだ。
取り出すと不思議な質感を持った羽ペンが出てきた。表面はステンレスのような鋼の手触りで、筆先の方に重心がある。ペン先は赤く光を放つ薄い鋼で、尻の方に従って細くなり、末端からは翼のような白い羽が刺さっている。
「本来は《杖》なんだがな……【魔法ペン】とでも名付けておくか。いかにもお前らしい間抜けな響きだな」
三つ目カラスがあざ笑うのを無視して、サーガはその【ペン】を左から右へと、右腕を振った。重くもなく軽くもなく、手に吸い付くような感触を感じた。
「……で、これでどうしろというんだ」
「『光あれ』……ま、今のお前には無理か。地面に好きな言葉でも書いてみろ、それで道理が分かる」
彼の言う通りサーガは地面に膝をつき、【ペン】を握りしめる。カラスは肩から離れて一メートル程度サーガから離れた、何か危険な事が起きるのを予測しているみたいに。
(力……)
サーガは身体の中に何か流れているのを感じた。その冷たい液体は脚から心臓へ、脳から腕へと流れ、右腕の末端からその道具へと血液のように胎動していた。
(僕の……俺の……力か)
それがインクの代わりであるのだと、サーガは獣的な本能で感じ取った。ペン先を地面につけようとすると、数センチ先で紙に当たるような柔らかい感覚が伝わった。まるで地面の上に概念的な《膜》があるみたいだった。
(何かに……どこかに辿り着かなければいけないんだ、俺は)
三つ目カラスがこちらを見つめている。明らかに力を試そうというふうににらんでいるのだ。サーガは覚悟を決めると、【ペン】を走らせた。
「【魔文:「火よ立ち昇れ」】――」
瞬間、
字を書いた部分から火柱が『文字通り』立ち昇った!
「ッ!」
サーガは飛びのいて難を逃れた!
火炎はバチバチと火花を散らす!
「くッ……」
思わず腕で顔を遮る。それほどの熱だった。
――火柱は三秒程度揺らめいた後、すぅッと消え去った、何事も無かったかのように。
その様子を、サーガは背中に汗を滲ませながら目の当たりにしていた。驚愕に身体は固まっていた。
この世のものではない、科学では解明できない。
まさに――《魔法》
「《書いた物体に現象を起こす事ができる》それがお前の能力だ」
三つ目カラスはカンカンと嘴で地面を突ついた。
「ただし概念的なもんはダメだ。《勝負に勝ちたい》だとか、《家に帰りたい》だとか、お前自身の力を超える【魔文】は起こせない。だがさっきの人知を超える程度の力なら起こせる」
「これで、俺に何をしろと?」
「世界を救え」
まるで近所のスーパーにおつかいを頼むみたいに、カラスはサーガを向いて言った。
「それ以外にはオレにも分からない。オレに分かっている事は、《ヴァ―ラ》のために《あちら側》の人間を六人呼び寄せ、それぞれに《大六聖道》の力を与えなきゃならないって事、それから六柱の力を使って悪なるものを倒さなければいけないって事だ」
「まるでファンタジーだな」
「世界はお前が思っている以上にファンタジーだぜ。残酷なほどにな。科学は何にも理解させちゃくれないんだ」
「クリシュナがいる」
「なに?」
サーガは右手に携えた【魔法ペン】を振った。それはサーガ自身の意志に呼応して、彼の右手に吸い込まれた。
これで肉体に収納することができた、と彼は感じた。
「感じるんだよ、何となく。俺がこの《何にも無い場所》に来た時に、同時に俺と同い年の男が、《こちら側》へと来たはずだ」
「……完全には把握していないが、おそらくはそのクリシュナとかいうやつも、《大六聖道》に選ばれた一人だろう。お前らペアが選ばれたのはまったくの偶然だろうだがな」
「俺が言うのもおかしいが、何でそんな事が分かる?」
「知り合いが《俺を遣わした者》を通して何か言ってきてるんだよ。ここからじゃ遠くてよく分からねえがな。きっと《双頭のヘビ》の事だ。良い逸材を選んだとか何だとか言って自慢してきてるんだろ」
「《双頭のヘビ》?」
「どうでもいい話だ。忘れてくれ」
三つ目カラスは首を振って瞬きを(つまり瞬膜の開閉を)数回行った。
「イヤな奴なんだよ。本当に。マジで。オレ以上に。クソ」
「…………」
「話がずれたな。さて……」
そう言うと彼は視線を『世界の端』に目を向けた。サーガもつられてそちらを見る。
視線の先には九十度定規で計ったような絶壁が前にある。端に行って崖の下を見ても、霧のような灰色が十数メートル下に立ち込めていて、その先は見当が付かない。普通に考えれば、落ちたら間違いなく死ぬだろうが、不思議とサーガはその先に地面があるとは思わなかった。
「そこはオレが……正確には《オレを遣わした者》が空けた時空の穴だ。長くはもたない。あと数分もすれば閉じるだろう。そこで、お前は二択の選択肢を与えられる。ここに残って《何にも無い場所》で飢え死にするか、ここから飛び降りて《ヴァ―ラ》へ行くか」
「それは、『選択』じゃあない。『命令』だ。『強制』だ」
サーガは三つ目カラスを睨みつけた。カラスの額の目玉が底なしの暗闇を映した。
「俺は……何か強大な力に流されている。俺自身の意志とは関係なく、俺の行きたくない場所へと連れていかれる。俺は元よりそういった『俺を縛るもの』から逃れたいんだ。自由になりたい。俺自身として生きたいんだ。俺は……社会から、世界から、そういった強大なものから逃れ、一つの存在となりたい。どこかへ辿り着かなければならないんだ。
……が、お前もまた俺を縛る者なんだな。俺はお前に従う他ないんだ。」
「それは、お前の親父さんもそうなのか?」
冷たい声で三つ目カラスが訊く。それは質問というよりも反駁だった。
「…………」
サーガは無言、何も答えられなかった。
「サーガ、お前は間違ってるぜ。お前はバカだ。大間抜けだ」
「何故だ」
「お前は既に自由だろ」
サーガは三つ目カラスを睨むのを止めた。
彼は嘲笑いも、蔑みもしていなかった。
「これはオレの持論だがな、人間って奴は往々にして『自分は不自由だ』って思いたがる。『今自分が不幸なのは何者かの策略によるものだ』、『自分が恵まれているのはきっと運命に違いない』、お前は確かに不幸な過去を背負ってるし、しんどい思いもしてきただろう。だがな、お前は勘違いしている。
お前が不幸なのはお前のせいだ。
何故ならばお前が自分自身を不自由だと思ってるからだ」
「…………」
「分かったような口を利くなとでも思ってるか? 俺がどれほど辛い思いをしてきたか分かってたまるかとか思ってるか? バーカ、そんなの知らねえよ。分かりたくもねえわ。
お前はただ『強大な力に流され、自由になれず逃れられない自分』が可愛いだけだろ。
自由になれないのは、お前が不自由でありたいだけだからだ。自分の問題と向き合いたくないからだ。違うか?」
「違う!」
「いいや違わないね! お前はマジな意味で逃げてるだけだ。何が『強大な力』だボケ。そんなのはな、あって当然なんだよ。運命は存在する。生命は運命というストリームにただ巻き込まれ、流されるもんなんだよ。クラゲが海流に流されないと餓死すんのと同じだ。川が流れないと淀んで腐ると同じだ。お前らは運命に囚われてるんだよ」
瞬間、サーガは右腕を振るう!
「黙れッ!」
右手には【魔法ペン】、自分の意志で顕現させたのだ。
「オレを殺すか? やってみろよ! 運命は変わらないぜ!」
フッ。
サーガの右手が素早く【魔法】を放った。
「【魔文:無明《一》】ッ!」
一の字の言葉なき暴力は、斬撃となって三つ目カラスを襲い掛かった。
「グッ」
カラスは後ろに跳ぶ。
着地した瞬間、横なぎの切り傷が、カラスの胸に浮かび上がる。かすり傷程度だが血液がポタリ、と真っ白な地面へと一滴垂れた。
「やるじゃねえか。サーガ」
「何がッ!」
「生きるって事さ!」
そう言うと三つ目カラスは翼を広げた。瞬間サーガの頭上へと飛翔する。
「サーガ……逃げるな、戦え。《ヴァ―ラ》で生きてみろ。今までみたいな生き方じゃなくて、本当の意味で精いっぱい生きてみるんだ。そうすればお前はどこかに辿り着けるかもしれねえな、もしかしたら」
「…………」
サーガは右手を下す。ガァ、と三つ目カラスが鳴く。
「そこから飛び降りろ。クリシュナに会いたきゃ飛んでみる事だな」
サーガの拳が血が出るほど握りしめられた――
――悔しさ、怒り、憎しみ。
――だが皮肉にも、それこそがサーガの命を燃やす燃料だった。
「生きてやるッ! 言われなくてもな!」
サーガはそう叫ぶと、地面を蹴り、世界の端を飛び出した――
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