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【15】トライXで万全?

富士フィルム株式会社は国産写真フィルムメーカーとして大きく成長し、某漫画でも
「トライXで万全」
「基本はやっぱりネオパンSSじゃないですか?」
等という表現がされるように、かつて技術提携を断られたコダックと並ぶ有名ブランドになりました。

藤元宏和『生化夜話』[第30話「蝶の羽ばたきで竜巻が起こり、中東の砲声にフィルム会社が頭を抱える」
https://www.cytivalifesciences.co.jp/newsletter/biodirect_mail/chem_story/110.html


 「某漫画」は説明するのも野暮だと思うが(笑)、これは2008年から2013年まで「GEヘルスケア」のライフサイエンス事業部のサイトで、生化学系の読者に好評を博していたWEB連載コラム『生化夜話』からの引用だ。
 メーカー再編で、現在は事業を引き継いだ「サイティバ」のサイトの片隅に、今でも読めるように残されている。

 引用した回に話を戻すと、「某漫画」もさることながら、このサブタイトルはバタフライ・エフェクト!?
 この著者はもしかして、マンガファンで、なおかつSFファンかッ!?

 この『生化夜話』は、「研究者が飲み会で話せる生化学関係のネタを提供する」というコンセプトで、 引用したようにいきなりマンガネタを繰り出してきたりする楽しいコラムだ。
 このWEB連載は、先に『細胞夜話』としてスタートし、読んだ人から「面白い」と好評で、回を重ね、単行本としてもまとめられた。
 その好評受けて装いも新たにスタートした連載が『生化夜話』だったようだ。

 この『生化夜話』連載当時の社名にある「GE(ゼネラル・エレクトリック)」といえば、エジソンの興した会社として有名で、普通はエンジンなどの機械メーカーのイメージが強いだろう。
 比較的身近なところでは医療機器などもあり、病院でCTスキャンを受診したりすると、その機械に「GE」のロゴがあるので、見たことのある人も多いかと思う。

 その「ライフサイエンス部門」というのは、もともと「GE」の事業ではなく、「アマシャム」から買収したもので、その「アマシャム」「ファルマシア」との合併で社名は「アマシャム」の方が主となった。
 「ファルマシア」「アマシャム」まで遡って、ようやく古手の生化学研究者が「ああ、あれか」と思う名前が出てきた。
 因みに、「ファルマシア」も同業の分析機器メーカーの「LKB」を買収している。

 これらの名前は、おおざっぱにいって、生化学分野で「分析」のためになくてはらない実験手法のうち、主に「液体クロマトグラフィー」にはなくてはならないメーカーの名前だった。

 「クロマトグラフィー」といえば、濾紙にインクを垂らして一度乾かしたものに下から水を吸わせると、インクに含まれる成分が水と一緒に移動するにつれて徐々に分かれていく「ペーパークロマトグラフィー」なら、学校での初歩の理科実験などで体験したことのある人が多いかと思う。
 おおざっぱにいって、これと同じように、物質に含まれる成分を移動させながら分離させていく実験手法全般を「クロマトグラフィー」と呼ぶ。

 細かい原理は端折るが、紙ではなく管状の細長い「カラム」「担体」を充填しておいたところに、ただの水ではなくて性質の異なる液体を流して成分を分離する手法が「液体クロマトグラフィー」

 むかしむかしは「カラム」「担体」を充填して、液体をポタポタ垂らす流速の調整も含め、何から何まで手作業で行なっていたものを、「カラム」にあらかじめ「担体」をしたものを市販で提供し、分離するための液をポンプで高速で送って時間短縮・自動化できるようにしたのが「高速液体クロマトグラフィー」
 ファルマシア社は手作業の実験につかういろいろな「担体」から始まり、それを自動化した「高速液体クロマトグラフィー」の装置一式まで幅広く手がけていた。

 『生化夜話』の連載コラムは、主にこの「液体クロマトグラフィー」や、液体を流す代わりに電流を流して成分を分離する「電気泳動」の歴史を遡り、そういう分析手法がどんな風にして見つかり、発展してきたかを、「研究者」向けにわかりやすく、面白おかしく解説している。

 生化学系の「研究者」ならみんな、学生実験や研究室で先輩に習って何気なく行なっているあんな分析やこんな分析が、まさかそんなことから始まっていたのか!? というトリビアを、教科書のようなカタイ文章ではなく、ちょっと軽妙洒脱な文章にのせた本連載は、なるほど確かに、読むと飲み会の席などで他の「研究者」に「これ知ってた?」と、披露してみたくなるエピソードが満載だ。

 そして、紹介されているほとんどの分析方法は、最初に実験してみた人のそもそもの目的とはずれた使われ方をして普及したり(笑)、なんらかの失敗(笑)が発端になっていたりして、手順を間違えたサンプルを分析にかけたらうまくいっちゃった田中耕一さんのエピソードをちょっと連想してしまったりする。

 著者の藤元氏はそのコラム執筆のためのバックグラウンドとして、一次資料である昔の論文を探して丹念に読み込み、その著者にも当時の裏話を取材する等して(意外とご存命の方も多く、電子メールも通じる(!))、その労力は、ちょっと一企業の日本法人のWEB担当(中の人)が無料公開の文章のためにかけるには過大なのではないかと心配になるくらいだったが、主にファルマシアの(連載当時のGEの)技術に着目した内容でもあったので、メーカーとしても技術力アピールとしてはよかったのだろう。

 あまりの博覧強記ぶりに、けっこう年配の方かと思ったら、冒頭で引用したようなマンガネタが出てきたりするので、もしかして自分と同年代くらいーー1980年代に手作業のクロマトグラフィーや電気泳動を体験したことのある世代ーーかと思ったりもしたのだが、『生化夜話』に先立って連載され、書籍化もされた『細胞夜話』の出版時に出ていた著者プロフィールによると、2000年に東大の修士を出たということで、意外とお若い方だったのにさらにびっくり。

 『生化夜話』の方は残念ながら、商業出版では出なかったが、学会の展示会場や分析機器の展示会などのGE社のブースで「非売品」として無料配布されており、なんと5巻まで巻を重ねていた。
 今からでも、どこかの出版社で出たらいいのになあ、と思っている。
 それまでは、「サイティバ」のサイトで楽しませてもらおう。
 貴重な調査資料でもあるので、今後の企業再編でサイトごと消滅したりしませんように!

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