「これまで」と「これから」の狭間で
昨日は、サイニック理論研究委員会のチーム分会でした。
わたしたちのチームは、来月『最適化社会(2005〜2025年)』について発表をします。
そのために、意見交換とスライドの推敲を行いました。
発表資料はこんな感じです ▼▼▼
『最適化社会』の大きな特徴は、考え方の基本となる『OSの大転換』です。
ルネサンス以降、20世紀までの社会が進めた利益優先主義では「地球が持たない」という認識から、何を大切にすべきかが大きく変わってきています。
持続可能性を意識しなければ、すべてが共倒れになってしまう……
そうした危機感が生まれたのは1960年代ですが、そこから半世紀を経た転換タームが『最適化社会』というわけです。
以上のことは、時代の流れに乗っていれば自然に感じられますが、逆に言えば徐々に変わった部分もあるので、ピンと来ないところもあると思います。
たとえば、所有と共有など。
かつては『カッコイイ車に乗っていること』がステイタスでしたが、現在では『複数人で大切に使うこと』も奨励されています。
「いつから変わった」「どんな風に変わった」は、人によってイメージが違うはずですが、シェアリングエコノミーはインターネットと強く結びついているので、やはりここ50年の変化ですね。
ちなみに、サイニック理論では『最適化社会』の後に『自律社会(2026〜2032年)』が到来すると予想しています。
この自律は『各自が自分の資質と指向にあったあり方を選択できる』といった意味合いです。
このところ、わたしが考察を進めている『運』と『努力』の比重につていも、その文脈でイメージしていただくと、わかりやすいかなと思います。