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北風の注意と太陽の注意

昨日は、月に一度の目白庭園での瞑想会でした。
先月から参加し始めたのですが、目白庭園は本当にいいですね。
余計な情報のない『茶室』という空間が、これほど魅力的だとは思いませんでした。

もちろん、それは年齢的なこともあるでしょう。
若い頃であれば、「ふ〜ん」という感じだったかもしれません(苦笑)
ともあれ、注意書き的な貼り紙が必要最低限にしかはられていないことの素晴らしさ。
それは、使う人への信頼すら感じさせます。
そして、多くの人は、そうした信頼を裏切りません。


一方、視覚情報と聴覚情報の差はあるものの、JR川崎駅のホームを利用するのが苦痛になっています。
いつの頃からか、駅の警告音には音階がつき、ホームは無秩序な演奏会状態になりました。
電車が入ってくる時、ドアがしまる時、入ってくる時、それぞれに違ったメロディがあちこちのホームから聞こえてきます。
さらには、機械や駅員さんの注意する声……
川崎駅は駅ビルでトンネル状態になっているためか、反響がひとしおなんですね 💦


簡単に言えば、『情報』が少なければ心が動き、有り余ると疲弊するということ。
そして、注意書きや警告音は、うるさくなればなるほど逆効果です。
人は慣れるし、「聞きたくない/見たくない」と思われますから。
まるで『北風と太陽』のようです。

あるいは、武満徹さんの『音、沈黙と測りあえるほどに』
その本を読むには、やはり駅のホームよりも和室が似合っているように思います 😊



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