一つの青春の終わりを見せ

クソメガネの友人が少し病んでそうなツイートをしていたので心配で連絡した。直ぐに返事がつき、元気では居るらしいが、僕らが過ごした場所が失われてしまったらしい。

そうか。あの場所はもう集まる人間もいなくなってしまったのか。

大学2年、いつしか集まったオタク(アニメのオタクという意味ではなく、もっと知識だけを抱えたような人々)の中で、大学当局に口出しされない場所を拵えた。友人が発起人であり、いくつかの挨拶周りや少しばかり掃除を手伝うなどして100年越しの古民家はどうにか住めるようになった。その影響でクソメガネもまた大学からバスで40分離れた集落に一人暮らしするようになったのだがそれはまた別の話。

いくら古い家といえど丘の上の大学の麓で庭のついた一軒家は格好の溜まり場だったし飲み会の会場であった。クソメガネは軒を借りてカブの整備をすることさえあった。ありがたいことに似たような趣味の人間が集まるため、カブを勧めれば幾人かライダーも増えた。

そうした集まりの中に農業や園芸を高校で修めて来た人間が米を作ろうと言い始めた。近場の休耕田を借り、田んぼ一反、学生の手で米を育てたのである。人手が要る作業は学内で呼びかけ、ちょっとした農業体験として田植えと稲刈りだけ来てくれるような学生もいた。ありがたい限りである。育て方、運営で揉める日もあった。1年目の米は味が薄かった。2年目の米の美味しさで農薬の偉大さを知った。

本当にいろんな人間がいた。クソメガネは恋愛のイザコザで3年目くらいからはその家から距離を置いてしまったが、それでも仲良くしてくれる人間がたくさんいたし、これこそがクソメガネの青春だったと思う。

そんな場所が終わってしまったらしい。
知らせてくれた彼こそが発起人だったわけだが、深くは聞かなかった。聞けなかった。
今夜は少し泣く。

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