6/29(月)
新聞からこぼれ落ちたチラシにプリントされた、青汁が入ったコップを笑顔で掴んでいるおじいさんの顔に目が留まった。
間違いない。野目種さんだ。
野目種さんは、ぼくが中学の時にやってきた教育実習生だった。
他のクラスには大学生が来てちやほやされている中、野目種さん当時77歳は年齢の割にとげとげしい雰囲気を出していて、その気味悪さにクラスの誰も近寄らなかった。
野目種さんは授業中に痰が絡まると、ボトルガムの容器みたいなのを取り出して、そこに吐いてから真緑のネクタイで口元を拭く、というのをよくやって最悪だった。
授業終わりのチョークや黒板消しは、ねちょねちょしていて、それを触った九住さんという女子が、「とれないよぉ」と泣いて、早退した。
ぼくは、いくら人生の大先輩とはいえ、とても教育する立場にある人間ではないな、と思った。
そんな野目種さんの実習最後の日。
他のクラスは花束や寄せ書きを贈って、記念撮影までするという感じだった。
それに対して、ぼくのクラスはもちろん何も無く、担任の先生も気まずそうに、野目種さんに最後の挨拶だけ促した。
しかし野目種さんは、別段しょぼくれた様子もなく、壇上に上がると、黒板に大きく「超能力」と書いた。
ざわざわする教室を制すように、野目種さんは、
「私は、人間の鼻の中を透視することができます」
と言い放ち、壇から降りて、座っている生徒に近づくと、一列ずつ前から順番に、
「糞、多」「水、びしょ」「毛、糞、多」「毛、太、長」
とテンポ良く言い上げていった。
野目種さんは女子にも手加減なく、クラスのマドンナの椎木さんにも、
「水、血まじり、毛、多」
と言った。
椎木さんは顔を赤くして、眼に涙を浮かべていた。
椎木さんには悪いが、その時、ぼくはすんごい興奮した。
いよいよぼくの番。
なんとなく緊張して、なんとなく身構える。
しかし野目種さんは何も言わない。
不思議に思い、顔を上げると、野目種さんは目をかっ開いてぼくを見つめていた。
たにしのような大きい濁った目をしていて、怖かった。
野目種さんは、おもむろに口を開くと、
「・・・空、美」
と呟いた。
そして、そのまま踵を返して、ふらふらと教室を出ていった。
その帰り、鼻をほじると、毛を巻き込んだまま固まったはなくそが指に付いていた。
野目種さんに元から超能力なんてなかったのか、それともぼくを見た時には能力の限界が来ていたのか、真相はわからない。
まぁ、青汁飲んで元気ならいいか。