マルチレンジ思考
●計測器のレンジと分解能
計測器の重要な性能として、「レンジ」と「分解能」というのがあります。
「レンジ」は、
どれだけ広い範囲の値を測定できるか
という「測定範囲」を表します。例えば電圧計だったら、
0~250V
といった表示がレンジです。
「分解能」は、
どれだけ細かく測定できるか
を表し、「最小目盛」と言うとわかりやすいかもしれません。例えば電圧計だったら、
0.1mV
などと表されるのが分解能です。
そして、この測定レンジと分解能は、通常「トレードオフ」の関係があります。
すなわち、
測定範囲を広くすればするほど分解能が荒く
なり、
分解能を細かくすればするほど測定範囲は狭く
なります(下図)。
上図で、
100%の大きさがレンジ
です。それに対して、
目測で区別できる一番細かい値が分解能
です。
100%の大きさが100V
であれば、
目測で0.5V刻みくらいでは読めますので、
「0~100Vのレンジ」に対して「分解能は0.5V」
で、針が指している値は69.0Vと読めます。
もし、レンジを増やして
100%の大きさを200万V
としたらどうでしょうか。
針の読みは、
一番細かくて1万V刻みくらい
でしか読めません。つまり、
「0~200万Vのレンジ」に対しては「分解能は1万V」
になってしまうのです。
今は、直感的にわかりやすいように、アナログメータの読み方で説明しましたが、ディジタルの場合も基本は同じです。
そして、これは測定原理として利用している物理現象においても、多くの場合
入力の幅と感度はトレードオフの関係
になっています。
●計測器は目的に合わせてレンジや分解能を選ぶ
上の例ですと、1万Vという電圧は、家庭で使う電圧100Vの50倍にもなり、とても使いものにならないと思う人もいるかも知れません。
しかし、200万Vというレンジが必要になる場面では、1万Vの分解能はさすがに0.5%なので、少々粗い気もしますが、1000Vあれば十分です。(これでも家庭の電圧の10倍です。)
それは、
200万Vという電圧に対して、1000V以下の誤差はほとんど影響しない
からです。それに対して、
100Vの電圧を測る場合は、10Vの誤差は大きな影響になる
でしょう。つまり、
レンジに対する割合の問題
なのです。
ちなみに、200万Vなんていうレンジはどこで使うかと言うと、かつて日本では、超高圧(UHV)送電として、100万Vでの送電システムが開発されていました。現在は、国内の電力需要の伸びが、それが必要になる程は見込めない(逆に今後、省エネ技術や人口減少に伴い減少する)という試算があり、中止されたそうです。
●思考にもレンジと分解能のトレードオフがある
これは、人間の思考にも当てはまると思います。
わかりやすい例では、
「大きな夢を持つ人は、細かい事は気にしない」
なんて言われたりします。
これは、「大きな夢」を持つという事は、
思考のレンジを広げる
という事に他なりません。そのため、
「細かいことを気にしない」
というのを正確に言えば、
「分解能が荒くて、細かいことに気が付けない」
のです。
お金の扱いに関しても同じです。例えば、
数十億のプロジェクト予算に対して、1000円や1万円の見積誤差
など誤差のうちに入らないでしょう。しかし、そんなお金が動くプロジェクトに携わっている人だって、
お昼の食事代が1000円高くなったら、ものすごく贅沢した気分になる
のではないでしょうか。それは、
自分の手持ちの現金をレンジとして測定
しているからです。
これは、人間が何かを思考するとき、
思考の幅が、詳細な分析思考とトレードオフの関係がある
事を示していると言えます。
●レンジも分解能もどちらも重要な場面がある
それでは、数十億のプロジェクトを扱っている人にとって、
1000円や2000円の金額を気にする必要はない
のでしょうか。当然、そんな事はありませんよね。
「自分は大きな金額を扱っているんだ」
と言って贅沢ばかりして破産したら、それは単なるおバカさんです。
ちゃんと、場面に合わせて測定レンジや分解能を変える必要があるんです。
大きな夢を持っている人は、日々の生活の細かな問題は気にする必要は無いでしょうか。
夢をかなえるには、身体は健康でなければなりません。なので、食事や睡眠など、細かな事にも気を使う必要があります。
●思考レンジのダイナミシティの必要性
ところで、
計測器のレンジを広げつつ分解能も高める
というのはとても難しく、革新的な技術や原理の発見が必要になります。
そのため多くの計測器では、「マルチレンジ」と言って、レンジの切替が可能となっています。また、最近のディジタル測定器は「オートレンジ」機能と言って、
測定値に合わせてレンジを自動的に切り替える
ものもあります。
人間の思考においても、この「オートレンジ」の機能が必要で、多くの人は知らず知らずのうちに、これを行っているのだと思います。上に挙げたお金の例がそうですよね。
だから、「大きな夢を持つ」のに必要な事は、
「レンジを広げる」
事ではなく、
「より大きなレンジに切り替えられるようになる」
事ではないでしょうか。
つまり、
「思考レンジのダイナミシティ(動的思考レンジ切替)」
です。
組織における立場の違いにも当てはまります。
「現場と上層部の意見が合わない」
なんていう話はよくある事です。これは、
「現場と上層部で、見ているレンジや分解能が違う」
事にあります。そして、組織においては
広いレンジも細かい分解能もどちらも必要
なのです。
だから、現場の人も上層部の人も、
立場に合わせて思考レンジを切り替える事
が出来なければ、この問題は解決しません。
それが、
「相手の視点に立つ」
事の本質であるとも思うのです。
今後、日本は「超少子高齢化社会」に対応するため、
「ダイバーシティ」を受け入れる事が必要
と言われています。いきなりダイバーシティを受け入れるのが難しいのであれば、この
「思考レンジのダイナミシティ」
から始めてみるのがいいと、私は考えています。