科学の発展を支える現場の技術者
前回、「円周率 "π"」について書いたので、
今回は「ネイピア数 "e"」について書きます。
●ネイピア数 "e" の定義
最初は教科書的な話です。
これは、
指数関数
f(x) = a^t
の「微分」を考えたときに、
「微分してもとの関数に戻る」ように、
すなわち、
df(t)/dt = a^t --- ( 1 )
となるようにした時の "a" の値が
a = e
です。定義に沿って書けば、
d(a^t)/dt = lim[⊿→0]{a^(t+⊿) - a^t}/⊿
= a^t lim[⊿→0]{a^(⊿) - 1}/⊿
(※指数の性質
a^(x+y) = a^x * a^y
より)
なので、( 1 )が成立するためには、"lim" 以下の「係数部分」が
lim[⊿→0]{a^(⊿) - 1}/⊿ = 1
となれば良いわけです。これを "a" について解けば、
a = lim[⊿→0](1+⊿)^(1/⊿) ≡ e = 2.71828...
となります。
なんで、こんな中途半端な数字になるのかは、とても不思議な事ですが、
「足し算の "0"」にあたるものが「掛け算(指数)では "1"」
になり、
「足し算の "1"」にあたるものが「掛け算ではこれくらい」
と納得しておけば良いでしょう。
●微分方程式の救世主となった"e"
今でこそ、大抵の物理現象は、微分方程式さえ立てられれば、コンピュータで数値計算して解は見えてきます。しかし、コンピュータがまだ機械式だった20世紀前半は、
「微分方程式を解く」
という事が重大な問題でした。
ある現象を数学的に表現できたところで、最終的にその方程式が解けなければ、物理現象の予測が出来ないからです。
「微分してもとの形に戻ること」
が重宝されるのは、これは物理現象を記述する時に、ほとんどの場合「線形微分方程式」で近似して表すことが出来、例えば、
mx'' + cx' + kx = 0 --- ( 2 )
(※ x' = dx(t)/dt:時間微分)
という微分方程式の場合、解として
x = Ce^(pt)
という形を仮定して、
x' = dx/dt = d{Ce^(pt)}/dt = p Ce^(pt) = px
という性質から( 2 )式は、
mp^2 + cp + k = 0
という
「指数部の係数 "p" についての代数方程式(2次方程式)」
に帰着できるからです。
(※詳しい微分方程式の解法は、YouTubeでも解説しています。↓↓)
こうして、微分方程式を代数方程式に帰着して解く方法は、「オリヴァー・ヘヴィサイド」という人が初めて思いついた「演算子法」というもので、現在でも「変数分離法」と並ぶ微分方程式の解き方として、教科書にも載っています。
●再発掘されたラプラス変換
余談ですが、ヘヴィサイドは学者ではなく、電気技術者でした。彼はこの他にも、交流回路における「インピーダンス」などの概念も提唱しており、そのおかげで回路解析が発展していきました。
ところが、当時この演算子法は、厳密な数学的証明がなされておらず、学会では認められなかったそうです。そこでヘヴィサイドが、
Shall I refuse my dinner because I do not fully understand the process of digestion?
(消化のプロセスを完全に理解しないと、食事をしてはいけないのか?)
と言ったというエピソードが残っています。
その後、ヘヴィサイドの演算子法は、「ピエール=シモン・ラプラス」がその基礎を作った「ラプラス変換」と等価であることが多くの数学者から見出され、一般的な微分方程式の解法として活用されることとなりました。
ラプラスは関数解析の理論を確立しましたが、その理論を工学へ応用させるにはとても難解なものでした。しかし、ヘヴィサイドはそのエッセンスだけを抽出し、回路解析という実用的な分野に応用したのです。
そのおかげで、様々な過渡現象の解析手法が確立していきました。
●理論の確立とその応用
ある理論を証明する事は、科学的な予想の裏付けとして必要です。しかし、その理論を応用できる形に整理し、様々な分野に適用できるようにすることも重要です。
この両輪に支えられて、科学は発展していくのです。
日本では「ノーベル賞」ばかりが取り沙汰されますが、ノーベル賞は社会に貢献した発見や発明に与えられるものです。それが応用されて普及しなければ、受賞の対象にはなりません。
さらに、その実験をする設備や装置も、とても高い技術力が駆使されています。
ノーベル賞は、ただ一人の優秀な科学者だけで受賞できるものではありません。科学技術の普及を支える、数々の無名な研究者や技術者の努力が、その裏にあるのです。
※YouTubeで微分方程式を用いた基本的な回路の過渡現象を解説しています。よろしければご覧ください。