自分と向き合う事の難しさと大切さ
「スランプに陥った」
とよく表現されます。しかしそれは、より高い壁に直面したということであり、自分が成長した何よりの証拠です。
一昨日、NHKのプロフェッショナルで、水泳の萩野公介選手の密着取材をしていました。ご存じとは思いますが、萩野選手はリオデジャネイロオリンピックの金メダリストです。
私はオリンピックには特別の興味があるわけではないのですが、一流のスポーツ選手の
「自分とひたすら向き合い、やるべきことを続ける姿」
には学ぶことが多く、今回も最後まで見てしまいました。
●いつも不安と戦っている
素人から見ると、金メダルを取れるような選手は、みんな自分への自信に満ち溢れた人ばかりだと思ってしまいます。例えば、フィギュアスケートの羽生結弦選手がそうですよね。
しかし、萩野選手は正反対だったそうです。いつも不安と戦いながら、スタート台に立っても、レース運びについて考えていたと言います。
「恐怖に怯えながら、一生懸命吠えている犬みたいだ」
と、彼は自分を表現しました。
私もスポーツではないですが、仕事をしていた時にいつも感じていたことを思い出しました。成果を出せば出すほど、周りの期待が重荷になり、次の成果を早く出さなければと、焦るようになるのです。
資格の勉強をしていた時も、そんな感じでした。以前、自分の資格について記事を書きましたが、
取れば取るほど、何かに追いかけられるように、
「これで終わりじゃない」
と自分に言い聞かせながら、勉強を続けていました。
●プレッシャーとの闘い
リオのオリンピックの後、萩野選手の心は限界に達していました。しかし、世間は彼に対して、
「次の東京でも金メダル候補だ」
と大きな期待をしていました。
その過度のプレッシャーにより、萩野選手の身体にも影響が出始めます。怪我と体調不良で、思うように体が動かなくなっていきます。その後、いくつかの大会に出場するも記録は落ち続け、ついに彼は水泳から離れる決意をします。
改めて、人間の身体はメンタルの影響が大きいという事を感じました。
最近、プロスポーツの世界では、フィジカルトレーナの他にメンタルトレーナをつけるのが常識になっています。数年前までは、
「スポーツは根性」
というのが常識でした。
今でも50代以上のオッサンは、今の自分の根性の無さを棚に上げて、そう考えている人が多いようです。しかし、現在は脳科学の側面から、メンタルを正しくケアする事の大切さが、明らかにされています。
考えてみれば、常にベストな考え方で物事を選択し、全力で取り組める人などいるでしょうか。人が見ている時は、無理をしてでもそう見えるようにふるまう事が多いと思います。
しかしそれは逆に、見えない影を落とすことになります。そうであれば、ある程度の振れ幅を許容し、人の色々な状態を認める方が、健全と言えるのではないでしょうか。
●自分と向き合う
結局、萩野選手は水泳から離れ、旅をしながら自分と向き合う時間を持つことになります。旅の途中で彼は、自分の嫌なところを書き出し、それを書いた紙を破り捨てる事をしたそうです。
破り捨てた効果があったのかは分かりませんが、自分を客観的に見つめ直す事は、大切な事だと思います。
「この人は、よく物事が分かっている」
と感じさせる人は、例外なく自分を客観的に見る事が出来ています。「メタ認知」って言うらしいですが、精神的に成長するために重要な事なのだそうです。
そして萩野選手は、
「逃げている自分が嫌だ」
ということで、水泳の練習を再開したと言います。
練習再開後は、休んでいて体力が落ちた事もあり、やはり思うように結果が出ません。そしてあるレースの後、彼のコーチが、
「これが今のお前だ」
と言ったそうです。それが彼を逆に目覚めさせ、次の日のレースで2位の結果を残しました。
「ありのままの自分、等身大の自分で挑戦する」
と、彼は心に決めたそうです。
東京オリンピックの選考大会は延期となり、まだ最終的な結果は出ていませんが、萩野選手が金メダルを取った時の状態を、徐々に取り戻しつつあるということです。
●成長は指数関数と三角関数の組合せ
以前、勉強の成果について、
「点を増やしていくと、ある時点と点がつながって線となり、分かるようになる」
と言いました。
もう一つ、時間と成果の関係について知っておかなければならないことがあります。それは、
「時間に比例しない」
という事です(下図)。
図のように、大半の人は勉強や練習の成果について、点線のように
「時間に比例して、直線的に成果が出る」
と考えます。だから、例えば
「1ヶ月勉強して40点取れたら、2ヶ月続ければ80点取れる」
と思うのが普通です。ところが、実際は実線のような「指数関数」になっていて、
「時間に比例せず、以前と同じ成果を上げるには倍以上の時間が必要になる」
のです。つまり、
「1ヶ月勉強して40点取れても、2ヶ月の勉強では60点しか取れない」
「3ヶ月では70点、4ヶ月で75点]
という具合に、
「漸近的に100%に近づく」
ことになります。
しかも、これでもまだ足りません。上の話は「単調増加」を前提としていますが、
「実際には波もあり、上がったり下がったりしながら徐々に100%付近に落ち着く」
のが現実です(下図)。
この
「1回上がって、また下がってから戻るのに時間がかかる」
ところだけを見て、「スランプ」と言っているだけなのです。だから、何も気にすることは無いのです。
そして苦しくなったら、
「今自分はどういう状態なのか」
を冷静に見つめ直すことが、大事な事だと思います。
●自分に正直になること
終わりの方のインタビューで、
「練習から逃げたくなったことはあるか」
と聞かれた時の、萩野選手の言葉に心を打たれました。
「逃げたら楽になるだろうとはしょっちゅう思うけど、それは自分が望むことじゃない。」
苦しいとわかっていて、しかしあえて茨の道を進む。私とはレベルが全然違いますが、同志を見つけた感じがしました。
最後の「プロフェッショナルとは」に対しては、
「自分にうそをつかず、今までやってきたこと全てを自分のことと堂々と受け止めて、やるべきことを続ける人」
であると。
競争にしても、仕事にしても、相手があって行うものですが、最終的に
「勝ちたい」
とか
「満足してもらいたい」
と思うか。または、
「負けてもいいや」
とか
「この程度で出せばいいや」
と思って取り組むか。それで出た結果は、最後は自分に返ってきます。
「環境のが悪い」「条件が悪い」「相手が悪い」
言い訳はいろいろできます。でもその結果は、結局自分のものでしかないのです。
そしてその結果を、堂々と受け入れる事が出来るかどうかで、その人の生き様が決まるのだと思いました。仕事はスポーツのように、明確に自分だけの結果は出てこないですが、私もプロとして、自分の出した結果を堂々と受け入れられるようになりたいです。
萩野選手の、今後の成長を応援したいと思います。