エントロピー増大の法則の元ネタ

Die Energie der Welt ist konstant.
(宇宙のエネルギーは一定である。)
Die Entropie der Welt strebt einem Maximum zu.
(宇宙のエントロピーは極大へむけて増大する。)

R. J. E. Clausius, 1865

 クラウジウスによる、熱力学第一法則と第二法則の表現です。

 と、科学史に名を遺した人物の言葉を原文のままで引用して、それっぽい雰囲気を醸し出してみるテスト。

 やっと熱力学の神髄とも言える、エントロピーの概念に入ります。ここで扱うエントロピーは、情報エントロピーとか一般的に言われている「乱雑さ」というものではなく、純粋に巨視的な熱力学におけるエントロピーです。

 前回の記事はこちら、

 「熱力学第二法則」は、1850年にクラウジウスによって提唱されました。実は同時期に、W. トムソン(後のケルビン卿)もクラウジウスとは別に、全く同じ結論に到達していました。

 歴史上ではトムソンの方が一年後ということになっていますが、これは、ただ論文の提出が遅かったためです。

 熱力学第二法則の原案は、カルノーが自身が考案したカルノーサイクルにおけるカルノーの定理(ややこしいわ)になります。しかしその論文は、発表当時はあまり多くの人に理解されませんでした。

 カルノーがコレラで死去した二年後の1834年、B. P. E. クラペイロンによって、「P-V線図」を使って表現され、さらに10年後、トムソンが苦心の末、カルノーの原著「火の動力についての考察」を手に入れます。

 そしてカルノーサイクルを使った「絶対温度目盛」を提唱し、熱力学第二法則の一つである「トムソンの原理」を発表することになるのです。

 熱力学第二法則については、よく「エントロピー増大の法則」と言われますが、それはクラウジウスが1865年に、第一法則と第二法則をまとめた冒頭の文章と共に提唱されました。内容的には第二法則と等価であります。

 但し、「世界は乱雑さを増し続ける」なんていうのはただの拡大解釈です。クラウジウスが気まぐれで書いたこの言葉を、その前提もわからず使っているだけです。

 これを言うには、

「世界がどういう系であるか」

も併せて示さなければなりません。

 第二法則の前に第一法則が先なのですが、これはいわゆる「エネルギ保存則」であり、数々の物理現象の観察や実験から、その背後にあるものとして明らかになっていったと考えられます。

 もしよろしければ、以下の記事も参考にしてください。


 さて、この熱力学第二法則は、多くの人が様々な形で表現していますが、代表的なクラウジウスとトムソンの原理を比較してみましょう。

・トムソンの原理

 一つの熱源から熱を得て、それをすべて仕事に変える以外に、周りになんの変化も残さないような過程は不可能である。

・クラウジウスの原理

 低温物体から熱を受け取り、それを全て高温物体に渡す以外に、周りに何の変化も残さないような過程は不可能である。

 この二つの命題は、表現こそ違うものの等価です。これを確かめるには、この命題を否定するサイクル、すなわち、

「高温熱源から得た熱を、全て仕事に変えるサイクル」

または、

「低温から高温に同じ大きさの熱をくみ上げるサイクル」

と同時に、カルノーサイクルを同じ熱源の間で逆向きに運転させてみれば良いのです(下図)。

画像1

 高温熱源から得た熱を全て仕事に変える機関、言いかえると、熱効率100%の機関を「超能機関」と言い、"Super"の頭文字を取って"S"と表すことにします。

 まず、

「トムソンの原理」を否定した熱機関が出力する仕事

で、

「カルノー冷却機」(カルノーサイクルを逆回転し、外部から仕事をして低熱源から熱を汲み上げる機関)

を運転させると、

高温熱源で得た熱量"Q"を全て仕事"W"に変えている

ので、

Q = W

となり、カルノーサイクルは、"W"という仕事で低温熱源から"Q[low]"という熱をくみ上げているので、

Q[low] + W = Q[high]

となります。

 もともと高温熱源は"Q"を放出しているので、全体で、低温熱源から高温熱源に"Q[low]"という熱だけが、この二つの機関でくみ上げられた事になります。これは、「クラウジウスの原理」に反します。

 同様に、「クラウジウスの原理」を否定すると、トムソンの原理に反する事が分かります。

 つまり、これらの原理を否定するという事は、低温熱源から高温熱源に熱が勝手に移動したのと同じ結果を与える事になり、それはわれわれの経験則にも反するのです。

 熱力学第一法則に反した「第一種永久機関」の案が、次々に出されて否定されて行った歴史は有名ですが、第二法則に反した「第二種永久機関」の話をあまり聞かないのは、第二法則のほうが、低温から高温に熱が流れることは無いという、我々の経験に馴染み深いものだからかも知れません。

 ところで、上記のように熱力学第二法則は、もともとはエントロピーの性質を定義したものではありません。これがエントロピーにどうつながっていくかというのは、カルノーが考案した温度計を知ることによって明らかになってきます。

 次回はカルノーの温度計について考察します。(結局エントロピーの話に入ってませんね。。。)

■追記

 この地球では、大昔から、海では波が寄せては返し、繰り返し嵐や台風が起こり、噴火によってその地形を変え、陸では木や草が生い茂ります。昔の人々が「第一種永久機関」への夢に思いを馳せたのも、この尽きる事ないように見える地球のエネルギーを見れば、不思議ではありません。
 この自然現象は、「エネルギー保存則」の観点からどう説明されるのか?これを考えてみるのも面白いと思います。


ちなみに、熱力学について、Youtubeでも解説しているので、興味がある方は、よろしければ参考にしてください。


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