タヌキの弁明(6)
調「ではここで、お奉行様よりご承認いただきましたので、証人尋問を行います。証人は前へ。住所氏名年齢職業を教えてください」
証「はい。青森県に住んでおります、恐山イタ子と申します。62歳です。仕事は口寄せをしています」
調「あなたはおばあさんの死についてお話してくださるということですが、おばあさんとの関係は?」
証「おばあさんの生前、会ったことも見たこともありません」
調「では、どうしておばあさんのことについてお話できるのですか?」
証人がいきなり証言台の上に突っ伏してしまい、お白砂にある蝋燭の火が全て消えてしまう。場内が騒然とする中、証人の体がぼんやりと白く光り、口から白い煙のようなものが出てきて空中に漂い、なにやら老女のような形になる。老女の形をした煙の口の辺りから、それまでとは違う声が聞こえてくる。
声「・・・私は死んだ婆でございます。誰も本当のことを言いませんので、私が本当は何が起こったのかお話しいたします」
調「お婆さんの霊が喋っているということですか」
声「・・・はい。このままでは死んでも死に切れず、イタ子さんの体を借りて出て参りました。・・・私がタヌキと初めて会ったのは、二年前の秋でございます。とても寒い年でございました。おじいさんが風邪を引いて寝こんでしまったので、かわりに私が畑に行って芋を掘っておりましたら、やせこけたタヌキがフラフラと歩いて参りました。かわいそうに、山に食べるものがなくて里まで降りてきたのでした。私が、掘ったいもをいくつかあげましたら、うれしそうにその場でひとつだけ食べて、残りを持って山のほうに帰っていきました」
声「・・・何度か芋をあげているうちに、タヌキは家のほうに来るようになりました。私は自分になついてくれるタヌキのことがかわいくなって参りましたが、同時に心配になってきました。というのも、少し前におじいさんがタヌキ汁の話をしていたからです。隣村の猟師の友人がタヌキ汁を振舞ってくれたそうなのですが、それがたいそうおいしかったそうで、それから何かあるたびに『また、タヌキ汁を食べたい』と繰り返し申していたからでございます。おじいさんがタヌキを見つけたら、きっと捕まえてタヌキ汁にしてしまうに違いないと思ったのです」
声「・・・そうは言いつつも、私を慕って毎日裏口に通うタヌキのかわいらしさに負けて、芋のほかにもいろんな食べ物をあげておりました。一度、焼いた秋刀魚をあげたときには、それはもう大喜びで山に持って帰ったのが、つい昨日のことのように思い出されます。」
声「・・・ところが、そのうちにおじいさんが色々なことに気づき始めました。畑に植えた芋苗の数とつるの数が合わない、とか、裏に干していた大根の数が減っているとか、後で食べようと思っていた秋刀魚がなくなっている、とか、そんなことを言い出しました。それはすべて、私がこっそりタヌキにあげたものばかりでした。私はヒヤヒヤしながら、『勘違いよ』『さっき、食べたでしょ』などとごまかし続けましたが、そのうちに『この間、丸々と太ったタヌキを見かけた。あいつがうちの芋や大根や魚を取って食べているに違いない。いつか捕まえてタヌキ汁にしてやるぞ』と、息巻くようになりました」
声「・・・わたしは、ヒヤヒヤしながらも、タヌキがかわいい一心で、その後も色々な食べ物を裏口であげておりましたが、とうとうある日、いつもより早めに帰ってきたおじいさんに見つかってしまいました。そのころおじいさんは、タヌキを見つけたらいつでも捕まえられるようにと、輪にした荒縄を持ち歩いていましたので、すぐさまカウボーイのように投げ縄を飛ばしてタヌキを捕まえてしまいました。おじいさんは『やったぞ、これで盗っ人はいなくなるし、タヌキ汁は食べられるしで、一石二鳥じゃわい』と、大喜びでタヌキ汁の下準備を始めました。納屋の奥から大鍋を引っ張り出すと、グラグラと湯を沸かし、畑で取れた野菜類を刻み始めたのでございます」
声「・・・私は、タヌキが食べられてしまうのがかわいそうだったので、おじいさんに何とかやめさせようとしましたが、おじいさんは『今年のように寒いと、畑の作物も少ないし、冬が越せるか心配じゃ。それを、このタヌキは大事な芋のつるを掘り返し、人のうちの中のものまで盗みおって、断じて許せんわい。それに、タヌキ汁じゃ。食うか食われるかの世の中で、情けは無用じゃ。今、このタヌキを食わなんだら、わしたちが死んでしまうワイ』と、聞く耳持たぬありさまでした」
声「・・・確かに、その年は凶作で、食べるものが少なく、おじいさんも私もぎりぎりの生活を送っておりました。それなのに、私がいろんなものをタヌキにあげ続けたのも、今にして思えばよくなかったのかも知れません。タヌキを助けようとすれば、おじいさんも私も死んでしまう。冬を越そうと思えば、タヌキを食べるしかない。私は、どうすればいいのか分からなくなってしまいました」
(つづく)