未公開こぶ取り引き(4)
◆方向転換はタイムリーに◆
さて、翌日の夕方になって、左こぶ爺さんが家を出ると、右こぶ爺さんの家の物干しに、派手な野良着が掛けてあります。
「そうか、この衣装でうまくやったんじゃな」
などと一人合点すると、
「ちょっと借りてくよ」
と小声でいいながら、自分の野良着の上から無理やり着込みました。
勢い込んで鬼の出る山に登り、木のウロで夜がふけるのを待っていると、右こぶ爺さんの話通り、怖い顔の鬼たちが集まって、宴会を始めました。左こぶ爺さんは、宴が盛り上がっていないうちから鬼たちの間に割り込み、
「さあさあ、私が楽しい踊りを披露しますぞ!」
と勝手に宣言すると、自己流の踊りを踊り始めました。風の盆から初めて天上一家サンバ、オレンジ豚音頭、大過去通信おけさ、元天小唄・・・新しいネタを繰り出すたびに鬼たちの顔は険しく、不機嫌になっていきました。
というのも、鬼たちが当然の経済活動として行っている、京の都での恐喝行為は、その性質上、ハイリスク・ハイリターンの投資行為であり、鬼たちは自らの生死をかけてリスクテイクしているプロの投資家集団なのです。その鬼たちに対して左こぶ爺さんの踊る歌の内容は、どう考えてもローリスクに見合わないハイリターンを謳うものばかりなので、無意識に心が忌避反応を示すからでした。
とうとう、お頭の赤鬼が立ち上がり、赤い顔をさらに赤くして、左こぶ爺さんを怒鳴りつけました。
「ええい。もうやめろ。そんなヨタ踊りはみたくないわい。そんな踊りで俺たちを騙そうとするとは、いい度胸だ。昨日の楽しい踊りに免じて、命だけは助けてやろう。昨日預かったこぶは返すぞ」
と言うが早いか、手に持ったこぶを左こぶ爺さんの右頬に力任せに叩きつけました。そのあまりの勢いに、左こぶ爺さんの体は吹き飛ばされ、左こぶ爺さんは、山道をゴロゴロとふもとの村まで転げ続け、全身怪我だらけとなってしまいました。また、あまりに勢いよく叩きつけられたため、こぶの組織と頬の組織とが癒着し、村につく頃には既に一体化しておりました。今や左こぶ爺さんは両こぶ爺さんになってしまったのでした。
よろよろと歩く左こぶ爺さんを見た村人は、顔つきも着ている物も見慣れない、泥まみれの爺さんを見て、なんだか気味の悪いよそ者だと思って相手にせず、たまに左こぶ爺さんだと気づく者がいても、もとから嫌われていましたので、係わり合いになるまいと、気付かぬ振りをしております。そんな中、今やこぶのなくなった右こぶ爺さんだけは、左こぶ爺さんに駆け寄ると、肩を貸し、
「おやおや、予想外の散々な結果のようですな」
と隠し切れない笑みで顔を歪ませたまま、家まで連れ帰ってやりました。まさに他人の不幸は蜜の味、といった風情です。
右こぶ爺さんの通り一遍の看病のおかげか、左こぶ爺さんの容態は日に日に良くなっていきました。左こぶ爺さんは、元気になるにつれて、両頬についたこぶが気にかかるようになってきました。毎日病床で両ほほをなでている左こぶ爺さんを見ているうちに、右こぶ爺さんはまた一計を案じました。鬼から貰った金貨のほんの一部を払って、京の都で流行しているダンスDVD集に加えて、シボートレールという商品を取り寄せました。飲むだけで効くといわれている美味しい痩身薬なのです。そして、
「恩を売るのは困っている相手に限る」
などと独り言をいいながら、よもぎもちにその痩身薬を大量に混ぜて捏ねはじめました。
沢山のよもぎ団子ができあがると、左こぶ爺さんの家を訪問して、
「これは昔から怪我とこぶに効くといわれている魔法の団子じゃ」
と言って枕元に置きました。
取り寄せたダンスDVDに混じっていた「プリーズブートキャンプ」という映像ソフトを、
「これは怪我とこぶに効くダンスで、都で流行しているそうじゃよ」
と言って渡すのも忘れませんでした。
それからしばらくは、毎日左こぶ爺さんのうちから、ドスンドスンという物音と、泣き声ともうめき声ともつかぬ声がしておりましたが、ある日、
「やったーっ」
という左こぶ爺さんの大声が聞こえたかと思うと、バタバタと駆け込んでくる足音が聞こえました。見ると、息を切らしている左こぶ爺さんが立っていますが、その両頬にはこぶがありません。
「右こぶ爺さんや。お礼をいうぞ。魔法の団子とこぶに効くダンスのおかげでこの通りじゃ」
と頬を両手のひらでさするのでした。
「それはよかった。あの団子とダンスのDVDで、鬼から貰った金貨は全て使ってしもうたが、左こぶ爺さんのためになったのなら、惜しくないわい。これからはお互い、無難に生きていきましょう」
と恩着せがましく応対しました。
「いたたた」
とうめきながら帰っていく左こぶ爺さんを見送りながら、右こぶ爺さんは
「薬が効いたやら、鬼軍曹のお陰やら。全身の痛みはどっちの鬼のせいかのう」
と心の底から笑いました。
それからというもの、頬のこぶが取れた二人の爺さんのことを、村人は「こぶ取り爺さん」と呼ぶようになりました。
左こぶ爺さんは、軍隊風のダンスで鍛えたお陰で、今や小太りを返上して筋肉質の精悍な体になりました。右こぶ爺さんに頭の上がらなくなった左こぶ爺さんは、悠々自適の右こぶ爺さんのために、小作人として毎日野良仕事をして尽くすことになりました。
(おしまい)