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誰でも迎え入れるための場、イタリア・アレッサンドリアの「地区の家」

2019年10月13日〜20日、ローマ在住の批評家、アーティスト 多木陽介氏により企画 / コーディネートされた「イタリアンデザインの源流『プロジェッタツィオーネ』について考える」(メビック扇町主催)に参加しました。
研修場所のひとつ、アレッサンドリアにある「地区の家」について帰国後に書いたレポートに、基本情報を加筆したうえで掲載します。内容はコロナ禍以前の情報ですが、日本でも地域社会へのまなざしは当時より意識されているように感じており、レポートを共有しようと考えました。
訪問当日、地区の家の一室では法務省に務める法律の専門家、心理学者などさまざまな分野の8人が集まり、飲酒運転をして収監された人が犯罪を繰り返さないようにするには、どんな更生プログラムがよいかについて話し合いが行われていました。このような活動がこの場所で行われていたことは、地区の家の役割をよく表していると思います。



はじめに

イタリアにおける「地区の家」は、住民が作ったコミュニティ運営をする場所であり、住民同士の人間関係をケアすることができる住民みんなの場所である。今回取り上げるアレッサンドリアの「地区の家」の源になるのが、イタリアでは著名なドン・アンドレ・ガッロ神父によって貧窮状態にある人々の救済を目的に1970年にジェノバで創設されたサン・ベネデット・アル・ポルト・コミュニティ協会であり、そこでアシスタントをしていたファビオ・スカルトゥリッティ氏が中心となって2011年にアレッサンドリアの「地区の家」(Casa Di Quartiere Alessandria)が生まれた。

基本情報:
アレッサンドリアはピエモンテ州南部の都市で、ミラノの南西約77kmに位置し、人口は約9万3000人。
2000 年くらいに国鉄の主要列車が止まらなくなり乗降客が激減して一気にさびれ、2012 年にイタリアの中小規模の都市の中ではじめに財政難を表明した。
アレッサンドリアには10以上の社会的活動をしているグループがあり、その周辺のボランティア組織が100ほどある。

google mapより


「地区の家」(Casa di Quartiere):
Casa di Quartiereは近所の家、地区の家という意味。
もともとは資材が放置されていた1500平米の倉庫を2010年から1年かけて改修し、社会的な再整備のために事業を営むことを前提に低額の家賃(1500ユーロ)で契約して地区の家として運営している。

左の部屋は打ち合わせスペース。右奥にはカフェと放課後学校がある
壁に貼られた「市民マーケット」と「無料のイタリア語講座」の案内


主な活動:
・民間が運営する外国人向けのイタリア語学校。
・8歳〜16歳のための放課後学校
・イタリア語会話教室
・住宅相談所
・移民および外国人相談窓口
・反差し押さえ窓口
・民衆倫理銀行窓口
・職業案内窓口
・貧窮状態にある人の相談窓口
他、さまざまな文化教室、イベントなどを開催。
ほとんどの活動は無料となっている。

収入につながる活動について:
・カフェの運営
・スポーツジムの運営
・イベント等のスペース提供
・廃品回収による収入
・パーティー、儀式、演劇等の運営
・2階の宿泊施設の収入

この活動による効果:
・社会的弱者を迎え入れてくれる場所として存在していることで、当事者の支援と早期発見につながっている。
・市民活動、専門家グループによる課題解決活動などが頻繁に行われている。
連携を取り合っているさまざまな社会活動の広がりにより、町がきれいになり治安がよくなった。
・行政関係の人から市民まで、町の人たちの地域活動に参加しようとする意識、協働する態度を育み、助け合いの気持ちが育った。(アレッサンドリア市は財政難を抱えており、公共サービスだけを頼りにできない現状がある)



【レポート・2019.11.30】

誰でも迎え入れるための場「地区の家」の取り組みと、コミュニティ運営において大切なこと


アレッサンドリアの「地区の家」は、ファビオ・スカルトゥリッティ氏を中心とする市民によって作られ、住民同士の人間関係を再構築する場所として2011年に生まれた。現在、地区の家では核となるボランディア約30人を含む多くの協力者が、地区の家に来る人だけでなく、家を探す手伝い、移民の書類の手伝いなど個別の支援も含めると約2000人に対してケアをしている。

地区の家が優れている点として

1,場所があること。
2,誰でも迎え入れること。
3,他の市民団体、行政、刑務所、警察、病院と連携していること。
4,問題が起きれば早く解決すること。
5,社会的弱者のほうを見て活動すること。

などがある。スカルトゥリッティ氏は社会的弱者の問題を解決することで社会自体が底上げされると考えている。社会的弱者に対しては困りごとを援助するだけでなく、仕事に就き、そして仕事が続けられるようにサポートすることが大事だと考えている。なぜなら仕事をしていなければ社会に認められる立場にならないのが現実だからである。そのため社会的弱者のほうを見て活動することを大切としている。

地区の家は、社会的弱者に対して社会の一員になるための段階的なステージを用意していると考えられる。

1,様々な相談窓口を無料で実施。
相談の際、身分証明書の提示は不要。ここが行政と違う地区の家の存在意義の1つである。地区の家に“家”が付いているのは、自分の家に入るのに証明書がいらないのと同様、みんなにとって家のような存在だという意味を表している。それが足の運びやすさにつながっている。
業務については、移民および外国人、貧窮状態にある人の相談窓口、反差し押さえ窓口、民衆倫理銀行窓口、職業案内窓口がある。

2,社会的弱者のための居場所とコミュニティを用意。
それは更生や社会の一員になるための第一歩となる。
取り組みについては、イタリア語会話学校、8歳〜16歳のための放課後学校、カフェ、イベントの開催、一時宿泊施設、さまざまな文化教室などがある。

3,何らかの仕事に就けるようにフォローする。
歩いてすぐのところで運営しているリサイクルショップ“セカンドライフ”の活動もその1つ。ここでの商品の仕分けや古着の修繕の仕事を足がかりに社会にでていくための支援を行っている。
地区の家だけでなく、養蜂研修などを通した就職支援をするCambalacheや元囚人や障害者(ダウン症候群)が働くソーシャルレストランなど多くの団体・施設と協働し、仕事の場を創出している。

4, 支援によって社会復帰できた人に責任ある仕事に就いてもらい、社会に貢献する人の連鎖を作る。

5,社会的弱者に関わらず誰でも社会活動やビジネスができる場を用意。地区の家やLab121*での交流を通してより参加者が社会への理解を深めながら、自己を表現できるようにする。
(*Lab121は、ビジネスコラボレーション支援、コワーキングオフィスとFabLabを運営している。地区の家がサポートしている施設の1つ。地区の家とは違う新たなつながりを生む役割を持つ)

このように見ると多様な人たちとの相互理解と思いやりの循環を構築しようとしていることが分かる。コミュニティ運営をするうえで、これらの複雑なことに取り組むためにはスタッフ間の相互理解が大切となる。プロジェクトがうまくいってないスタッフに対しては、スカルトゥリッティ氏が話し合ってすぐに解決することを目指す。問題が広がらないようにするため、問題を放置するスタッフ、社会的弱者への視点を第一に持つことができないスタッフは辞めてもらうことにしている。スカルトゥリッティ氏は、地区の家ではスタッフの給与も含め平等を掲げているが、活動全体に目を配り、目指す方向かどうかを判断している。このような立場の人物がコミュニティ運営にとっては重要な存在である。

 スタッフとして働いている20代のフェデリコ・レオーネ氏は、大学で心理学を学び、今の肩書きはエデュケーターである。社会的弱者がイタリアの暮らしに慣れていくためには、まずは社会復帰のための教育が必要となる。同時に彼らを迎え入れる地元の人たちも学ぶ努力をしなければいけない。そのため地区の家で活動をする人は、心理学や教育学を学んでる人が多い。異文化間コミュニケーションの勉強をしながら働いているスタッフもいる。レオーネ氏は、難民や囚人、麻薬中毒者、海外から来た元娼婦などの更生をサポートする取り組みをしている。彼は社会的弱者とされる彼らと多くの時間を過ごし、よく理解することを心がけている。それによってお互い信頼感が生まれ、彼らが働きはじめる気持ちに繋がっていくからである。彼のようなデリケートなコミュニケーションができるスタッフがいることは、地区の家に限らず、コミュニティ運営においてポイントとなる存在だと分かる。

 レオーネ氏がこれまでの取り組みの中で気づいたこととして「一番の障害は一般の人の偏見」と述べていたように、課題の根本は人の意識の中にあり根深い。市民全員が弱者を迎え入れる気持ちを持っている訳ではなく、偏見を持っている人がいる。偏見を持つ人は、多様な人間関係を持っていないのが原因だとスカルトゥリッティ氏は考えている。地区の家の活動によって、社会的弱者への問題解決だけでなく、多くの市民、団体が連携すること、マイノリティとマジョリティの交流を活発化させることで多様性についての理解者を増やすことが期待される。スカルトゥリッティ氏は、違う人たちがまざり影響を受け合うことを“感染状態”と表現し、感染状態を起こすことが社会づくりにおいて必要な本質だと考えていることに注目したい。

地区の家が持つ課題について
1,収支の問題
2,地区の家に足を運ばない社会的弱者をどのように知って関わってもらうようにするか
について取り上げる。

1,収支の問題について、毎年運営には約30万ユーロかかるが、収入は約6.8万ユーロ(2016年時点)で、銀行の財団や企業等からの助成金10万〜15万ユーロを集めても運営は厳しい状況にある。それでも公的な資金援助については行政へ批判的立場が取れるようするため受けないようにしている。そのため現実的には地区の家の活動に共感する投資家をより増やさなければいけない。しかしいずれはスカルトゥリッティ氏が目指す社会自体が底上げされた状態になることと、市民による互助的活動があふれることで、いずれは経費のかかる施設の規模が縮小されれば望ましい発展の仕方であろう。

2,地区の家に足を運ばない社会的弱者をどのように知って関わってもらうようにするかについては、事前に孤立している人の存在を知る社会的予防策ができている訳ではなく、連携している刑務所、病院等から情報を得るとのことだった。
社会的予防策について、国内の事例である滋賀県東近江市と甲良町で2016年から行われているおむつ宅配と2018年に始まった東京都文京区のこども宅食の例から考えたい。おむつ宅配は、行政がコープしがに委託し、毎月、乳児に家庭に必要なおむつなどを宅配し、そのときに配達を担当する子育て経験のあるスタッフが世間話をしながら母子の健康状態や虐待の有無を察知するものである。こども宅食は、生活が厳しい子どもの家に定期的に食品を届けることをきっかけに様子をうかがい、必要なサービスにつなげるという取り組みである。運営資金はふるさと納税で、食品は主に企業が提供している。運営は、行政と複数の企業、NPO、財団が連携している。日本では誰でも参加できる子ども食堂が広がっているが、情報を入手できない、立場を知られたくないなどの理由で参加していない貧困家庭も存在している。おむつ宅配やこども宅食のような出張型の福祉は、アメリカでは連邦予算のもとで取り組まれており、問題の早期発見につなげている。イタリアの場合、移民の住所を行政が把握できないなどの難しい状況があるが、どの国においても近くにどのような人が住んでいるのかを知ることはコミュニティの根源であり、団体と行政が連携した出張型の取り組みに可能性があると考える。


 スカルトゥリッティ氏は、地区の家の活動によって、行政側の様々な立場の人たちと多様な背景を持つ市民の間に参加的で協働的な態度を生んだこと、荒れていた場所が人の来る施設に変わり、町にぎわいを取り戻したことなどの効果を指摘している。スカルトゥリッティ氏が言う多様な人々が“感染状態”になることによって相互理解と思いやりの循環が広がっていけば、自分が住む町をよくしたいという気持ちがあふれた町になる。スカルトゥリッティ氏が常に仲間に言っている言葉は「うまくいかないこともある。それでも諦めないで必ず立ち直そう」。スカルトゥリッティ氏と市民の思いに支えられた地区の家の活動は、活きたコミュニティを作る上で大切な多くの気づきを与えてくれる。地区の家の壁には“WHATEVER YOU THINK, THINK THE OPPOSITE”と書かれている。発想をポジティブに転換していこうという意思を、みんなで共有するためのメッセージである。


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