植物世界への学び
植物に興味を持ち出したのは、植物が持っている器官は人間と同じであるという話を読み聞きしたからだ。
人間の目の役割は植物にもあり、光感受性という視覚機能を持ち合わせている。ただし、人間は静的に一つのものを見続けることが不得意なために動いてしまうということだった。
また、明治神宮の森は有名だが、人間が植物の特性を知った上で計画的に作った自然の森によって、微生物が増え、動物の道が出来た話も、わたしの好奇心を刺激した。
植物を知ることは、自然界を知ることでもあるのだ。
それ以来、植物を育てたり活けたりしながら、興味深く観察している。
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春になるとチューリップが店頭に並ぶ。
昨年は球根から育てていたけど、球根のまま土の中でドロドロに溶けて腐ってしまい、全滅してしまった。なので、今年は鉢買いはやめて生花の購入を決めた。
行きつけの花屋で一ヶ月間、毎週違う種類のチューリップを選んだ。
最初はまっすぐにピンッと張っていた茎が、自重に耐えれなくなったのか、しんなりと弧を描くように花の部分が垂れ下がる。
花瓶を運ぶ時は、花たちが上下左右にゆらゆらと揺れては、かすかに親しげな音を立てて跳ね返る。まるでリビングルームで忙しく動いては住人を楽しませるモビールのようだった。
深い紫で小ぶりの花をつけたチューリップは、花冠の根本から先端にかけて色が薄くなっていたけれど、やがて全体の色が濃くなり、花弁を落とすこともなくボリュームを落としてしぼんでいった。それは年老いて弾力を失っていく皮膚そのもののようだった。
先端にギャザーが入った大きなチューリップは、ゆっくりと最大限まで花弁が反り返り、一枚、一枚と落ちていった。
一緒に購入した大きな芍薬は、長い間、同じ形状を保っていたのに、大きなトラックが通りきったあと、その振動でまとまった数の花弁がごそっと落ちた。落下の振動でさらに落ちる。幾度となく繰り返して茎だけが残った。花がついていた茎の上部は、スポンジのように見えるが、触ると固く、人間の頭皮と髪のような構造で花弁がついていたことを知る。
散らばった花弁や、茎を並べて観察していると、どうしてこのような構造に進化したのか、その環境含めて調べたくなった。ネットで検索すると、多くは育て方や病気の対処方ばかりだったけど、チューリップには面白い文化があることがわかった。
チューリップは、トルコで発見された花で、オランダでは異国情緒あふれる珍しい花として紹介され、貴族や富裕層に富の象徴として高値で取引されていたらしい。
17世紀のはじめには、オランダだけでなくドイツやイギリスの資産家の間でも、「チューリップを収集していない資産家は趣味が悪い」と言われるようになり、最高ランクのチューリップ「無窮の皇帝」はピーク時には1万ギルダー(オランダ人の平均年収は150〜400ギルダー)まで跳ね上がった。
チューリップの突然変異(ブレイク)はアブラムシがウィルスを運ぶことによって起こるが、当時はチューリップの意思で模様を変えていると考えられており、ブレイクしたチューリップはウィルス感染によって弱かったが、珍しさと儚さが合わさって、とんでもない高値が付いたようだ。
画像 = 最高ランクのチューリップ「無窮の皇帝」(wikipedia)
とても面白いが、チューリップ以外の植物には、このような面白いストーリーを見つけることが出来なかった。
そして、ほとんどの植物において、どのような環境の元に進化してきたのかがわからなかった。同じ植物でも北海道と沖縄の植物の違いがわからない。植物が微生物含む生物にどのような影響を与えているのかもわからない。
これらの疑問を解決するためには。網羅的に植物の情報を得ることが必要だ。そのためには偏見のない識者の本に当たらねばならない。大学であれば、そのような本があるはずだと思い、植物の進化について教えているであろう、いくつかの大学と学科を調べ、シラバスまでたどり着いた。それぞれの大学の植物に対するスタンスが見えてきたのは面白かったが、どういった本を授業で扱っているかを知ることは出来なかった。
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少し前に学び始めたプログラミングは、作業のほとんどを検索にあてるのが通常と教えられた。動かすための方法は粘り強く検索して調べていけば、かなりの確率で解にたどり着くし、更に深く調べることも可能だ。
それは、多くの人が学んだことをブログに書き記しているからだし、専門用語を平易な言葉に置き換えていないから可能なのだ。また、自分で解決できない問題や学び方をフォローしてくれる個人発信の良心的かつ、良質なコミュニティも存在する。(余談だが、良いスクールやコーチサービスはあまり聞かないので、あれば使い方とともに教えてほしい)
きっと植物に関しても同じだろうと考えた。
これまでも幾度となく植物の本はネットや本屋で探してきた。
植物は食にも利用され、わたしたちの憩いにも欠かせない存在なのに、網羅的に植物の構造や進化を知れる本や文献が見つからない。それは見つけるための最適なキーワードがわからないから、目的とする情報にまっすぐ達っすることが出来ないのだと思う。
『図書館司書の検索術』にはこう書かれていた。
「当てようとしてこそ当たる」という西欧的思考と「当てようとする思いを捨てよ」という禅的な教えがある。欲しい情報に一発でヒットせず、多くのキーワードを試す中で意外なお役立ち情報が見つかるのが、検索の面白さでもありますと...。
後者はさんざん試している......けど、確かにわたしは植物の用語を知らない。
ならばと、多くのキーワードが掲載されていそうな筋が良さそうな図鑑を、図書館で借りれるだけ借りてみた。受け取った8冊のうち7冊の図鑑は専門用語を使わず、とても親切に優しい文章で書かれていた。
伝わりやすいように、いくつか抜き出してみる。
・ヨルガオなどは夜に咲く
・花言葉は花から感じられるものを表す
・秋に葉の色が変わるのは緑色のもとがなくなっていくから
・大きな向日葵は2000個以上の種ができる
・オルキス・イタリカは裸の人間ぽい
・ザゼンソウは自力で発熱して雪をとかす......
3つ目の緑色のもととは、クロロフィルのことだろう。ほとんどの本は、説明が少なく平易な言葉で書かれすぎて、調べることが出来ない状態...。植物のオモシロネタのみに終始しているものも多かった。
一息ついて、最後の砦となる、今まで手にとった本の中で一番大きく、ページ数も多い植物図鑑『FLORA』を手にとる。ロンドンの「キュー王立植物園」が監修をしているアメリカの図鑑の日本語訳だ。
日本語刊行にあたっての序文には「専門用語は極力使わず解説した」とあった。少し不安が過るが、取り直して読み進めると「見た目の違いで分類体系が組まれてきたが、DNA情報をもとに系統関係を調べることが可能になった結果、類縁関係の誤解が明らかになった」とあり、専門的な新しい情報との出会いが期待され、心が踊った。
この図鑑だけが唯一、分類法など学問的な記述があった。そして、植物と生物の関係についても少しばかり記されていた。
超音波を発して花を探し出すコウモリのために音を反射して見つけて貰いやすくする花のこと。青や紫の花は蜂に好まれ、赤やオレンジの花は鳥に人気があること、などなど。
児童が読破できる程度の情報量に抑えているが、欧米ではきっと、この図鑑よりももう少し詳しく、全体を網羅されたものが他にも出版されているのだろうと想像して妬ましく思った。
......欧米にあるならば、日本にもあるのかもしれない。今のわたしには難しくても、図書館司書になら探せるのではと思い、一筋の光を求めて図書館に出向くことにした。
カウンターで要件を伝えると、図書館司書のイメージをまとった銀縁眼鏡の細くて色白のまじめそうな男性が奥から出てきてくれた。
レファレンス依頼して4日目のお昼。気になって電話をかけてみた。10冊ピックアップしたが、古い専門書で2冊くらいしか見つかっていないとのことだった。
ひとつは2013年刊行で、もうひとつは1968年刊行の分類系統の本だ。
分類系統は1988年から2016年にわたり、DNA解析によって大きく発展しているので、後者の本はあまり期待できないと思った。
これだけ欲しい情報にたどり着かないとなると、色々な疑問が浮かぶ。
非・植物専門家が植物学を学ぶことが難しいのはなぜなのか。
土木施設を作る時、植物における専門家は他の専門家とどのように話をするのだろうか。専門が違えば、アプローチや評価軸も異なるのに、合意形成に影響しないのだろうか。
植物は不思議で面白い。知的好奇心だけでなく、憩いや安心といった精神的価値をもたらす。生活の質に対する価値観は人によって違うものなのに、わたしは植物について何も知らない。
一筋縄ではいかない学問だけに、専門家による研究は必要だが、任せっきりにするのではなく、自分自身のために学びたい。
視界を遮っている、専門の扉の向こうを覗くことができたら。そのような本やコミュニティに出会いたいのだ。
〈あとがきメモ〉
次は植物園に出向こうと思います。
植物の進化や構造に関する、文献、論文、サイト、動画...良さそうなのがあれば教えてください!
〈参考文献・記事〉
FLORA 図鑑 植物の世界
チューリップの文化誌
チューリップ・バブル:最古の金融バブルの凄さをわかりやすく解説
「明治神宮 不思議の森 ~100年の大実験~」の要約
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