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里山十帖 『里山を創生する「デザイン的思考」』② 第2章 「デザイン的思考」とは何か


本書の概要

 新潟県大沢山温泉に開業したライフスタイル提案型の宿泊施設「里山十帖」。何もないと思われている各地の地域価値を掘り起こすにはどうしたら良いのか。どのように形作り、発信すれば良いのか。従来のデータ型マーケティングの常識を覆す「デザイン的思考」について、里山十帖を題材に展開していく。(前の記事から続く)

ダイジェスト

デザイン的思考とは

 デザインとは、図形やアウトプットされた形のことではなく、本来は問題解決や目的達成のプロセスのことを指す。
 デザイン思考は、現状の閉塞感を打破するための、従来とは異なる思考アプローチのこと。根本的に考えて問題を解決する方法を探ることである。

メソッド1 現実社会とデータの反復検証

最初はデータを見ない

もっとも重要なスタート地点は「データを見ないこと」だと思います。ありとあらゆる白書も、マーケティングデータも見てはいけません。

PP.99-100

 では、何をすればいいのか。対象となる事象をとにかく自分で体験してみることから始める。地域おこしを考えているなら、ひたすらほかの地域を訪れる。宿泊施設の開業を検討しているなら、興味のある施設に泊まってみる。

多重人格的な複数検証を行う

 重要なのは、その際に自分の興味・趣味に走らないこと。自分自身をどれだけ俯瞰しながら体験できるか、そこが重要である。さらに、自分自身のなかにいくつもの価値観を存在させて、多重人格的に体験する。どのようなタイプの人から「共感」を得られるのか、自分のなかで複数の検証を行う。

データは大局を把握するために用いる

 データを見るのは、そのあとで行う。なぜなら、データというのは統計を取る時点から、誰かの個人的価値観が介在している。そのため、データがどの見地に立って書かれたものなのかを加味しながら検証しなければならない。

 もっと言えば、大局を把握するためにデータは活用するくらいで、むしろ重要なことは、自分のセンス、肌感覚を磨くこと。さらに多数の人格で、ものごとを見る訓練が必要。意図的、恣意的に編集された情報の細部を読み込んでもあまり意味はないかもしれない。

自遊人では、この作業を「現実社会とデータの反復検証」と呼んでいる。現場では「多重人格視点で見たか?」「どんな人格を憑依させた?」といった言葉が行きかっていて、かなり危ない人のように思われることもある。

例:すし特集を雑誌で組む場合

まずはなにも調べないで適当なすし屋に行くのです。そしてすしを食べながら、まわりの人を観察したり、自分自身のなかにほかの人格を思い描きながら、「いま、消費者がどんなすしを好んでいるのか」を考えます。その後、部数を取りたい場合はあらゆる人格を憑依させて、最大公約数の嗜好をひたすら検証します。ある特定の層にコミットしたいならその層の人を憑依させて、嗜好を探るのです。この作業は階数を重ねれば重ねるほど、精度を増します。

P.102
同書 P.103

メソッド2 共感の統合

 「現実社会とデータの反復検証」を行った後は、膨大に膨れ上がった脳内の情報を統合していく。

私はこの作業を「共感の統合」と呼んでいます。いわば多重人格者をひとつの価値観を持つ人間に戻す作業と言えばいいでしょうか。ここにいる“ひとつの人間”というのは、自分ではありません。自分たち(自社)が目指す方向とコミットする複数の人たちの”意識共同体”のようなもの。”共感の集合体”とも言えます。ここにたどりつけば、いままで見えなかった地下を流れる巨大水脈が見えてきます。

PP.104-105

雑誌でいうならば、ここがまさに「編集」という作業です。ある特定の層にコミットするために、最小の労力で最大の効果を出すにはどうしたらいいのか。
ここで絶対に守るべきことは、複数の人格で編集作業をしてはいけない、ということです。反復検証は複数の人格を必要としますが、「編集」はひとつの人格でなければいけないのです。雑誌では編集長が絶対的な権限を持っていますが、編集長自身の人格ではなく、”自遊人”という人格でなければいけないのです。

PP.104-105

例:里山十帖の開業
【1】現実社会とデータの反復検証
 宿泊客が、誰と、どんな目的で宿を訪れ、またそこで何を望んでいるのかを考える。首都圏から近い箱根・伊豆、はたまた山梨、長野、全国の場合はどうか。宿のタイプによって客層はどう変わるのか。「俵屋旅館」「玉の湯」「二期倶楽部」といった他にない個性を打ち出している宿はどうなのか。
 筆者は温泉で1,300、見学も含めると3,000軒を訪れているので、その記憶を引き出しながらあらゆる顧客層をイメージして想像する。
 宿だけではなく、レストラン、スパ、スキーリゾート、関連しそうなあらゆる場所と人物の組み合わせを想像する
 すべての空き時間を利用しても足りないので、電車のなかや待合室、歩いているときなどに考えている。
 さらに、想像した人物から、誰が新潟・魚沼に来てくれる可能性があるか、どういう施設なら来てくれるかを考える。たとえば、新潟初のブランドスパを誘致した宿を作ったらこんな層が来るだろう、とか、オーガニックをテーマにしたらこんな層、とか、食べ放題にしたらこんな層、とか、とにかく、ありとあらゆる組み合わせを考えます。
 その後、自分の会社の方向性、やりたいことと、想像した嗜好と可能性を結び付ける。自宅のように暮らすことをテーマにしたいが、このタイプの人からはクレームが来るだろうな、とか。あらゆる人物を憑依させて、自分自身の感覚として「共感」していく。

【2】共感の統合
 どんな人が集まることで、さらなる「共感の連鎖」が生まれるのかをイメージする。たとえば、

  • 金銭的価値に代えられない、本質的に豊かなライフスタイルを求めている人

  • 既成概念にとらわれず、常に新しい価値観をそうぞうしようとしているクリエイター

  • 常に出会いや刺激を求め、自分と社会を変えていきたいと思っている人

  • 地球環境と自分の暮らしを複合的に考えている人

  • 食べることと、生きることの関係性を、真剣に考えている人

 従来のマーケティングのように「F1層」などといった切り口ではいっさい考えない。コミュニティーの意識共同体を自分のなかに形成して、館内の雰囲気やデザインの方向性、価格などの大枠を決めていく。
 ここではじめてデータを眺めて、自分が想定するターゲット層の人数とデータから想定される人数の際を修正して、想定宿泊価格や稼働率予想にあてはめていく。新潟・魚沼というロケーションと、わずか12室というキャパシティーを念頭に、箱根や伊豆の入り込み数や客室稼働率を眺め、稼働率をはじき出していく。「60%の客室稼働率が達成可能であるという自信」はここから生まれる。

「数値的な根拠はないが、話のロジックは間違っていないし、可能性があるような気がする」
これを「根拠がない」と一蹴するか、「可能性に賭ける」か。

P.110
同書 P.111


メソッド3 思考のスクラップ&ビルド

 デザイン思考で導いた結論は、時間軸とともに変化する。白紙に戻して考えたり、今までのロジックを崩すことも必要になる。
 これを一般企業でやろうとすると、もう反発が起こったりもする。そのため、デザイナーやクリエイティブ・ディレクターの権限を強化する必要がある。

 実作業に入ったら、詳細をひたすら詰めていく作業を進めていく。「なんとなく心地よい」というのは、作り手が"なんとなく”作ったので生まれない。細部にまで注意を払って、計算し尽くしてこそ、“なんとなく”が伝わる。

 進み始めたら妥協しないで徹底的にやる。理論と思考方法を得ることも必要だが、これが最も重要なこととなる。

同書 P.119


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