日常とのお別れ
出発の日。飛行機に間に合うためには自宅を20:00には出る必要がある。無理やり在宅勤務にして、会議の合間にリュックに服を詰め込む。
上司や同僚から仕事の連絡がきていたが、それよりも大事なことが私にはある。20:00には会社のスマホの電源を切り強制的に日常を終わらせることにした。
割と余裕のあるリュックを背負い最寄り駅へ。仕事終わりのサラリーマンとすれ違いなら優越感に浸る。今日はまだ水曜日。週の真ん中でここまでウキウキしている社会人はそういないだろう。
電車の中でも同じような感情に浸りつつ、顔には出さないように努力した。羽田空港第3ターミナルまであと20分ほど。気づけば周りはサラリーマン風の人たちから旅行者風の人たちばかりになっていた。なんだ、もう努力する必要なんてないじゃないか。残りの20分は思いっきりニヤニヤしてやろう。みんなも同じ気持ちのはずだ。
羽田空後に着いてからはあっという間だった。受付でチェックインをして(オンラインチェックインをしているのに、受付に行かないと行けないという謎はあったものの)、手荷物検査をパスして(手荷物検査の入口が閉鎖されるギリギリで滑り込んだ)、何の問題もなく搭乗ゲートまで辿り着いた。
すぐにボーディングの時刻になり機内に乗り込む。座席に座ってシートベルトをする。ん?冷たい。LCCだから座席が狭いのは当たり前である。が、座席とシートベルトが濡れているとは聞いていない。隣に座っている妻は特に何も言ってこない。どうやらこれはLCCの特徴ではなく、私の運の無さということのようだ。座席は拭けば何とかまあ座れるものの、シートベルトはそうもいかない。雨の中に1時間放置したタオルくらい濡れている。前の乗客が飲み物でもこぼしたのだろう。まさかお漏らしではないといいのだが…。
CAさんに言えば何とかしてくれたのだろう。座席の変更とか、毛布の貸し出しとか。だが私は言わなかった。いや、言えなかった。そもそもこういう場面で強く主張できる性格ではないし、英語で柔らかく説明することもできないと思った。冷たい座席と7時間。快適な空の旅の始まりだ(シートポケットに入っている雑誌を自分の足とシートベルトの間に挟み、少しだけ冷たさを和らげた)。
出だしにはつまずいたものの、意外とあっという間にマレーシアに到着した。7年ぶりのKLIA2(クアラルンプール国際空港)だ。シートもシートベルトもすでに乾いていた。わたしの白いズボンに黒いシミを残して。
お腹が空いた。マレーシアの首都クアラルンプールと日本との時差は1時間。クアラルンプールの方が1時間遅い。羽田を23:55に飛び立った飛行機は、定刻通りクアラルンプール時間6:25に降り立った。朝ごはんの時間だ。せっかくだから何かマレーシアっぽいものを食べたい。
空港のフードコードをぶらぶらしながらお腹を満たすものを探した。最終的に私たちが入ったのはKFC。ケンタッキーフライドチキン。日本にもあるチェーン店じゃないか!とツッコミたくなる気持ちはとても分かる。が、申し訳ないがそれは旅の初心者の発想である。スターバックスやマクドナルドのような世界的チェーン店が1番その国の特徴を反映していると言っても過言ではない。
世界中の人々に好かれるためには、独自のブランドメニューはありつつも、その国の文化や味付けに合わせてメニューを進化させている。そのくらいの余裕はある。それが世界的チェーン店。
私たちが注文したのは、Zinger Porridge。Porridge はお粥だろう。Zingerは生姜か?ちょっと英語とはスペルが違うのような気もするが、まあたぶんマレーシアではこう書くのだろう。
我ながら雑な解釈だが結果は正解だった。出てきたのはピリッとするお粥。中にはフライドチキンが細かく裂かれて埋まっている。これは、美味い。生姜の辛みとフライドチキンの塩気がよく合う。お粥の水分を吸ったフライドチキンも柔らかくてとても美味。5分ほどで完食。ごちそうさまでした。是非日本でも提供していただきたい。
そういえばお粥は日本でも割と一般的だと思っていたが、あまり外食チェーン店で提供されているのは見たことがない。ホテルの朝食ビュッフェでたまにあるくらいか。調べてみると、中国や韓国、ベトナム、マレーシア、タイなどで主に朝食として好まれているようだ。なるほど、やはりチェーン店はしっかりとその国の特徴・文化を反映していたのだ!日本で出しても売れないんだろうな。
おおらかで大雑把と言われるマレーシア人。タッチパネルでZinger Porridge を2個注文してから5分程カウンターの前で待っていた。まだかなぁとたまにカウンターの奥を覗くと、姿は見えないが誰かが何かを話している声は聞こえる。
忙しいのかな?もう2分ほど待ってるとおばちゃんが奥から出てきた。私の方を一瞥し、ちょっと驚きの表情を見せつつ機械から少し出ている紙を切り取った。今この瞬間、私たちのオーダーが通ったのだろう。
すぐ隣の引き出しからカップを2つ取り出してカウンターにドン。電光掲示板に私たちのオーダー番号が表示された。オーダー通ってなかったんかい!すぐ出せたんかい!おい!世界的チェーン店はやはりその国の特徴・文化を反映している。味だけでなく人柄も。OKOK。
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