chapter.2 『ダブルウォール』の その先は？
「あかりちゃん、靴下、ここ置いとくよ。」
少年は少女の脱ぎ散らかした靴下をキチンと畳んで部屋の隅に置く。
「うん。分かった」
少女はコントローラーを握りしめたまま、振り返らない。
「あかりちゃん、ランドセルはここに掛けとくね。」
「分かった」
少女はまだ振り返らない。
「あかり、おやつ持ってきたわよー。」
「あぁもう、分かったってば うるさいなぁ！」
そう言って振り返った瞬間、少女は、ハッとして肩をすくませた。
（しまった…）
「あかり、あなたねぇ、拓海くんに全部やらせて何やってるの！」
「だって…だって敵が襲ってきたんだもん…」
「まったく、あなたって子は。
そんな事だからいつまでたっても拓海くんに 」
「ママ、わかったから！」
母親の声を遮るように少女の甲高い声が響く。
「ほら、おやつ、ここに置いておくわね。」
母親はピンク色の小さなテーブルに、ホットココアを入れたグラスを二つと、バターの香り漂うクッキーのカゴをのせた。
・
・
拓海くんは、同い年のアタシのいとこだ。
拓海くんのママはお仕事がすごく忙しいから、彼は小さい頃から私の家に居る事が多かった。
アタシたちはどっちも一人っ子。
だから一緒にいると、よく兄妹に間違えられた。
実際、拓海くんは出来のいいお兄ちゃんみたい。
頭が良くて、しっかりしてて、優しくて、センスもよくて、だけど…
だけど…
拓海くんはちょっと、否、だいぶ鈍い。
今日だって、アタシの髪が短くなった事に、まだ気付いていない。
アタシがさっきからずーっと後ろ向いてるっていうのに。
きっと、ゆうべ作ったマカダミアナッツクッキーの事だって、どうせ気が付かない。
拓海くんが大好きなマカデミアナッツ増量の、特別バージョンに仕上げたのに。
アタシは仕方なくコントローラーを床に置き、テーブルの前に座った。
その時だ。
「ねぇあかりちゃん、これ！」
拓海くんが突然目を輝かせてこっちを見た。
（え、まさかの？！）
「このグラス、ガラスなのに全然熱くない！！」
（そっち？！）
「それはね、ダブルウォールグラスって言って、ガラスが二重になってるから、中に熱い飲み物入れても外側に伝わらないコウゾウなのよ。」
しょーがないから、アタシは丁寧に説明してあげた。
全部ママの受け売りだけど、拓海くんに何か教えてあげるのって、なんかちょっと気分いい。
「へぇーすごいなぁ！
へぇー！」
拓海くんは、「飲む→持つ」を繰り返している。
まったく、これだから男の子は…。
拓海くんの興味があるコトは科学と算数。
アタシが苦手なものばっかり…。
でも…
宝物見つけた！みたいな拓海くんは、ちょっと、否、なかなか可愛い。
・
・
「おじゃましました。」
少年はキッチンを覗き込むと、少女の母親にペコリと頭を下げる。
「あ、そうだ！
さっきのマカダミアナッツクッキー、凄く美味しかったです！」
（え？！ 拓海くん今なんて？）
少女は目をまん丸にして振り返った。
「あら、それあかりが作ったのよ。聞いてない？
タブレットと睨めっこしながら、なんか必死の形相で 」
「ママ、それはいいから。」
少女の声が被る。
「へぇ。
あかりちゃんてお菓子作り上手なんだね！」
少年は側にいる少女に屈託のない笑顔を見せた。
「どおってこと無いのよ、あんなの…
ゆうべ、ちょっと暇だったから作ってみただけ。
あんなの、その気になれば100万個だって作れちゃうんだから」
少女は斜めカットの前髪を引っ張りながら、そう言って唇を尖らせる。
「え、ほんと？！ やったぁ！」
（やだもう、なによなによ拓海くんたら。
ちゃんと気が付いちゃう拓海くんなんて、拓海くんじゃないわ。
だいいち、そんなんじゃ、ますます女の子にモテちゃうじゃない！）
少女はモヤモヤした感情が零れたかのように、その小さな頬を膨らめた。
・
・
やれやれ。
ツンデレ少女の熱い想いは、ダブルウォールグラスより、伝わり難いモノらしい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか？