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chapter.3 新人くんと『デルフォニックス』

「あ、佐伯さん、派遣の契約更新しないって本当?」
廊下ですれ違いざま、部長が心配そうな声で聞いてきた。

「ええまぁ、はい。
ちょっと家の方がゴタゴタしてまして、暫く仕事はお休みしようかと…」

「困るなぁ。困るよ佐伯さん。
君がいないとうちの部署、仕事回らないよー。」

「いやいや、誰にでも出来る仕事じゃないですか。」

「誰にでも出来ないでしょ、うちの仕事は…。

商品は雑多。
お客さんとの契約内容もまちまち。仕入れの納期もズレまくりでしょ?
そういうの細かくすり合わせしてキチンと請求立てられるのって佐伯さんくらいしかいないじゃない」

(そういうのに辟易してるから辞めたいんですよ。ほんとは)

派遣先は、雑貨の卸売業者。

目利きの社長が世界中から集めたクラフト品やリメイク品を、主要都市のセレクトショップに卸している。

私が請け負っている仕事は売り上げ管理と請求業務なのだが、この会社、毎月イレギュラーな売り上げが大量発生する上に、担当者のレスポンスが非常に悪いのだ。

私は派遣社員と言ってもテレワークだから、担当者との連絡が滞ると業務が前に進まない。

(せめて担当者でも変えてくれたら…)

「来月から担当者変わるしさー、今 佐伯さんに辞められちゃうと流れの分かる人、いなくなっちゃうんだよねぇ…」

(え、今なんて?!)

「担当の方、新しくなるんですか?」

「あれ、聞いてなかった?
来月から本社の新人くんが佐伯さんの担当になるって。」

(聞いてないよ。)

「新人くん…」

「あ、新人くんって言ってもね、中途採用よ。
前はIT企業にいたらしいからさ、商品管理表なんかもマクロとか使って凄いの作ってくれるんじゃないかなぁ。」

「あぁ、そうなんですね。」

マクロとかどうでもいいから、レスポンスはどうなんだろう。
新人くんは…

「彼が慣れるまででもいいからさ、契約、更新してくれないかなぁ。
頼む! この通り」

部長は少し薄くなった頭を深々と下げる。

「え、部長やめてくださいよ。
わかりました。
そういう事でしたら、あと3ヶ月だけ更新…という事で…」

「うゎ、ほんと?
助かるなぁ!
じゃ、宜しくね。
今度 新人くん、こっちに挨拶来させるからさ。
佐伯さんにも声かけるから。」

「はい。宜しくお願いします。」

部長はニコニコ顔で去っていった。

(本社の新人くんかぁ。)

会社の本社は京都にある。

(やっぱ、京都弁なのかな…)





数日後、新人くんから「来週東京出張がありますので、ぜひ会ってご挨拶させてください」と連絡がきた。

声のトーンは年齢の割に大人系。
話の途中に、妙な間があるような気がするのは
京都の人…だからかな。

お仕事の「間」は、どうなんだろう…


待ち合わせのカフェに現れた新人くんは、思いの外、好青年だった。

声の調子からして、もっとモッサリした風貌をイメージしていたのだが、若者らしくシュッとしている。

何より小物のセンスが良い。

iPhoneと一緒に鞄から取り出したのは、あまり見かけない猫のイラストの入ったデルフォニックスのリングノートとジェットストリーム。

「あれ、メモはデバイスじゃないんですね?」

思わず聞くと、

「あぁ、はい。
こっちの方が頭に残るんで。」

爽やかに応える。

(へぇー。彼、ちょっと期待できるかも…)

クリエイティブな思考の人は、打ち込みより手書きを好むと聞く。

仕事の流れをイメージする。
人の思考をイメージする。

良い仕事には「想像力」が必要だと思う。

未知数ではあるけれど、彼にはそれがある気がした。




「ねぇママ、新人くんはどんな人だった?」

学校から帰ってきた娘がランドセルを下ろしながらたずねる。

「あぁ、そうねぇ
良い人そうだったわよ。」

「よかったね! ママ!」

私の顔色を見た娘は、グーサインを出しながらニカリと笑った。

「うん。そうだね」

私は応えながらデスクの引き出しを開け、使い込んだリングノートを取り出した。

・2月1日 次回契約更新打ち合わせ〜新人くんに新規フォームの打ち合わせ打診。

そうメモをして呟く。

(まぁ、
なんのかんの言っても結局、お仕事って、関わる相手次第…なのよね。)





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