『バイオ8』ベネヴィエント邸訪問記(前編)
【注意】この記事はネタバレだらけです。
序
こんにちは。
つい先日の3/24に『バイオハザード RE:4』が発売され、世ではレオンが活躍していますが、私個人は昨年のクリスマス期Steamセールで購入し、2月にプレイ・クリアした『バイオハザード』シリーズ第8ナンバリングタイトル『バイオハザード ヴィレッジ』に夢中です。私の人生全体が周回遅れみたいなものなので、なにかに心奪われることができただけで御の字と思い、適宜やっていきます。この記事は適宜やっていくその過程のひとつです。
『バイオ8』の魅力のひとつは、敵である四貴族の生活領域にそれぞれの人柄が現れてる点だと思います。英題『Resident Evil』の名に恥じぬ建築たちが、明確な言語化がされない歴史を豊かに暗示しています。
ドミトレスク城では豪華で官能的な調度品が至る所に配置され、アトリエでは天井まで届く巨大なキャンバスに自画像を描かせたりと、富の顕示とナルシシズムに余念がありません。
ドミトレスク自身は村の出身ではなく、カドゥ適合後に古城を与えられたという設定なので、普通サイズの人間用に設計された鴨居を避けるために、逐一身を屈める姿がチャーミングです。その仕草は彼女にとってこの城が"本当の持ち物ではない"場所、"不当に獲得した権力"の拠点であることを示していると言えるかもしれません。
モローの居住区である水車小屋とダム湖では、建築物自体がほぼ機能していません。打ち捨てられフジツボに覆われたかつての家々の上を水門管理用の電線が渡っていますが、保守はまともになされていないようで、作動用のクランクは折れるし、復旧させたらさせたで危険な高電圧の火花が散りまくります。建物がいたるところで老朽化し、カドゥ適合後も使っていたと思われる自身の診療所まで浸水が進んでいる様は、彼の陸上での行動がどんどん困難になっていった過程を偲ばせるようで痛ましいです。
ハイゼンベルク工場は、得た利潤で設備投資をし、その設備で更なる利潤を得る、という製造業のお手本のようなサイクルを回して工場を大きくしていったんだろうなという印象があります。入り口は農機具を置いておくようなガレージですし、ここからスタートアップしたのかなと思うと、その経営手腕には舌を巻きます。しかし足場は悪いわコード類は覆わず地面に這わせてるわ手すりはぐにゃぐにゃだわで、「労災上等!」という喝が聞こえてきそうです。従業員を大切にする気が一切ありません。銃よりヘルメットが欲しくなるマップです。
しかしこの記事では作中第2の中ボス、ドナ・ベネヴィエントの住まい、「ベネヴィエント邸(House Beneviento)」について書いていきます。ベネヴィエント邸は精神的恐怖に重きが置かれたステージで、「バイオ史上最恐」との誉れも高く、多くのプレイヤーにトラウマを植え付けました。しかし私はこの建物に魅了されてしまったのです。建築面積だけで見ても、ベネ邸はドミト城の8分の1にも満たないのですが、マップの中に配置されたオブジェクトは糸巻きから暖炉、壁の剥げ方に至るまで繊細な物語と歴史を感じさせ、強烈な魅力を放っています。
ベネヴィエント邸は、この場所で過ごした人間の一挙手一投足が染み付き、家そのものが生きているようです。どこに視線を向けても嵐のように思い出が吹き付けてきて陶然とします。目に映るのはバーチャル空間に設えられた架空の静物なのに、物言わぬ品々を見る私の心には存在しない記憶が無数に呼び覚まされるのです。このマップを作ったゲーム制作者さんたちは本当に素晴らしいです。
家主のドナは作中でふた言しか喋りませんし、彼女の元気な相棒アンジーの台詞数も決して大量にあるとは言えません。彼女たちを知りたければ、彼女たち自身よりも彼女たちの家のほうが雄弁にその人となりを語ってくれるだろうと思います。
この記事はベネヴィエント邸の探索を通して、謎多きキャラ、ドナ・ベネヴィエントとアンジーを少しでも理解しようと試みた際の覚書です。建築物との関係が薄い考察は下記の記事に書いてあります。
ほとんど感想のような代物ですが、この記事を軸にして、何か新たに気付いたことや、浮かんだ仮説、目を開かされるような他の方の解釈の発見などがありましたら、追記や引用を加えたいと思います。
この投稿をした3/29時点で、私はストーリーを2周クリアした状態、DLCの「Shadow of Rose」は買ってあるけど未プレイ、という状態です。今後新たな発見があれば書き加えます。また、他のプレイヤーの方の「こういう解釈もあるんじゃない?」というような意見もいただければ大変嬉しいです。
何より、この記事であーだこーだ書いていることの全てはいちプレイヤーのいち見解でしかないので、「そういう考え方もあるのか」ぐらいに思っていただければ幸いです。
また、所持しているPCのスペックがさほど高くないので、スクショはゲームのポテンシャルを最高に引き出せているものではないのですが、ご容赦願います。
凡例
ベネヴィエント邸について語る上で非常に大きな制約があります。
幻覚の発生源であるドナを倒すと、エレベーターに通じる扉を開けられなくなります。せっかく幻覚から醒めても、素面で確認できるのは下図で示した緑の領域のみです。それ以外の赤の領域は「廊下や部屋自体が本当に存在したのか」すら不明瞭なのです。ベネヴィエント邸の謎が広く深いのは、この赤の領域がマップの大部分を占めているからです。
話を進めやすくするために、この記事内では、イーサンが幻覚から醒めた後でも確認できる緑の領域を「実在領域」、それ以外の、幻覚の影響下にあった状態でしか踏み入れない赤の領域を「幻覚領域」と呼称することにします。
また、『バイオ8』ゲーム内で閲覧できるマップは、北を上にして作られてはいません。太陽の動きや「西側集落」「東側集落」の呼称から考えると、地図の上部が南のようです。マップ上にカーソルとして現れる方位磁針型のアイコンの上矢印が正確に南を指しているかはわかりませんが、この記事ではマップの上辺にあたる方角が真南であると仮定して話を進めます。
この記事ではベネヴィエント邸の部屋を順に回っていきます。前編に1,2階、後編に地下階を収録します。
疑問に思ったことに対して仮説が思いつけば列挙してありますが、いずれの疑問にも「仮説0-1.別に理由はない」「仮説0-2.ゲーム進行の都合に合わせただけ」「仮説0-3.すべてイーサンが見た幻覚で、実在していない」という有力な仮説が潜在しています。しかしそれを言っちゃあおしまいですし、この仮説0を逐一表記するのは差し控えます。
1階編
◆立地
まず立地がとんでもねぇ。古風な屋敷のバックに大瀑布がどうどうと音を立てている様は現実離れした格好良さです。息を呑むと同時に「こんな場所に家を建てるなんてどうかしてる」と少し引きます。滝の上流でもなく、下流でもなく、横!! 生活用水を確保したいとか水車を動力源にしたいとかいう娑婆っ気が一切感じられない、常識はずれのドープな施工です。
華厳の滝じゃん、コンビニ行くより手軽に自殺ができるな、などと思っていたのですが、クリア後に閲覧できるアートワークのキャプションには
と書いてあります。
恐ろしいバックストーリーですが、逆に言えば本編のドナの両親は自殺をしていない可能性が色濃いわけで、そう思うと少し安心します。この立地は初期設定の名残なのですね。
ベネ邸は年季の入った物件ですが、電気と水道はきちんと敷設されています。おそらくドナの祖父母か曾祖父母の代に作られた物件だと思われますが、すごく趣味が良くてすごく変な人が建てた家、という印象になんともぐっときます。
実際に行ったことはないのですが、この景色を見ていると鳥取県の投入堂を思い出します。山岳信仰・修験道に由来する建築で、岸壁に張り付くように、簡潔な見事さで建てられてるお堂です。
こういった建築を「懸け造り」と呼ぶそうで、清水寺などはその代表格なのですが、個人的にはベネ邸の外観に対して似た風情を感じます。冬以外の季節でどんな景観になるか見たくなる場所です。
自然が作り上げた地形を歩く中で、ひときわ心を揺さぶる景色に出くわした時、人はそこに霊験や畏怖を感じ、様々な形で聖地としてきました。滝を臨む崖っぷちに立ち、土地の峻厳さに魅了され、「絶対ここに家を建てて住むぜ!!!」と決意した人物がドナの祖先にいるのでしょう。グッドアイデアと言わざるを得ません。
◆玄関ホール
二階への吹き抜けになっている玄関ホールには、今まさに縫い物をしていた人の気配が残っているかのような、穏やかな生活感が満ちています。吹き抜けの構造と、庇状になった上階の通路が作る影、通路を支えるための木の柱など、決して広くはないのに立体感と工夫に富んだ素晴らしい造りです。
階段脇には柱時計があります。カチカチと音はするものの、振り子も動いていませんし、針が示す時刻は正確ではないようです。家族の思い出の品として記念碑的に置かれているものと思われます。
ベネ邸で私が見つけることができた時計はあとふたつだけ、人形工房と地下廊下の箪笥の上にあったものなのですが、それらが示している時刻は実はまちまちです。
イーサンのローズ奪還強行軍はものすごい過密スケジュールなので、
夜明け前:村到着 → 朝:ドミト城 → 午前:ベネ邸 → 午後:モロー湖 → 夕刻:ハイゼン工場
という鬼のような速さでボスたちをぶちのめしています。イーサンが一番怖い。
ベネ邸訪問のタイミングを考えると地下廊下、人形工房の時計が示している時間帯が妥当に思えるのですが、そもそもこの家においてドナたちは「時刻」というものを念頭に置いて暮らしていない可能性が高いのではないでしょうか。
時刻という客観的な基準は、人と待ち合わせをしたり、雇われて労働時間内に勤務をしたりといった、他者と予定をすり合わせて約束を取り付ける際に必要なものです。だから逆に、アンジー以外の他者と断絶して暮らしているドナにとって、正確な時刻というものはさして意味を持たず、そんな感覚が時計のずれに表れているのかもしれません。孤独に粛々と人形を作ったり、家や庭の管理をしたり、アンジーと遊んだりして、眠くなったら寝る……そういう生活をしているのかなと推察します。羨ましいです。
◇幻覚解除後の変化
19体人形が出現します。
◆謎の領域1:物置
ダンボールとバスケットいっぱいのリンゴ、エナメル細工が施された箱の奥に、ワイン醸造用のプレッサーが見えます。エナメル箱はドミト城やデュークの店先でも見かけるオブジェクトです。
仮説1.かつては自家製酒を作っていたが、家族や使用人の死で人手が足りなくなり、今は埃を被っている。ポーチにある樽はその名残。ダイニングテーブルにあるボトルは以前に作られたストック。
仮説2.「あんたもワイン作ってみなさい」とドミト姉さんに押し付けられたが、そんな重労働したくないし、かといって捨てるのも悪いのでしまい込んでる。
ベネ邸では、上掲右スクショのリンゴの奥に見えている、この青い小花模様の布が入ったダンボールをよく見かけます。私はこのダンボールを「家庭的なダンボール」と勝手に呼んでいるのですが、ベネ邸の他にもデュークの店先や、庭師の家の内部、レオナルドの家のポーチなどにも見られるオブジェクトです。おまけにこの「家庭的なダンボール」、ハイゼン工場にもちらほらあります。無骨で殺伐とした工場の空間になんともミスマッチなのですが、なにか匂わせたい事柄があって配置されているのかは測りかねます。
一方でドミトレスク城にはダンボール自体が極端に少ないです。厨房や地下牢のような、装飾性に重きが置かれない空間であっても、転がっているのはもっぱら木箱や樽ばかりです。
ドミト城にダンボールを持ち込むことは死を招く禁忌になっている可能性があります。ダンボールは現代的で所帯じみた物体なので、古城をロココ趣味で彩っているドミトレスクの美意識的にはアウトなのかもしれません。放置されたダンボールを指差し、「誰がこんなものを置いたの!? 城の美観を損ねないで!!」と言ってブチ切れるドミトレスク様の姿を想像すると笑顔になれます。
バイオ8のダンボールは本当に最高。この重いものを入れて運ぼうとしてバラバラになった部分をガムテで無理やりくっつけているダンボールの造形なんて、惚れ惚れします。ボール紙内部の波型の構造に沿って各所が折れている、さり気ない生々しさにうっとりです。こういうのを3Dで作れる人、マジでかっこいい!!
◆リビングルーム
可愛らしいシーリングライトを取り囲むように鍋や食料品が吊るされ、ベリーやリンゴの入った大かごなどが置かれています。リビングというよりはダイニングといった風情です。
手前のテーブルには空のティーカップが2つあり、ドナとアンジーがここでお茶をしていたことが偲ばれます。古風な陶器のボトルは酒類を入れるものに見えます。ドナはお酒、いける口なんでしょうか?
アンジーが経口摂食を必要とするかは怪しいですが、この家全体が彼女たちのおままごとの舞台であり、小規模で仲の良い生活をしていたんだろうなと思うと、たまらない気持ちになります。南西側の一角は小さな応接ブースのようになっており、ここにもティーカップが2つあります。
物置とリビングルームを繋ぐ扉があれば便利そうだな、とは思うのですが、そういったものはありません。
廊下へと続く扉の横の本棚に、人形が一体あります。四つ辻からクラウディアの墓所にまで通じる道と庭園には随所に人形が供えてあるのですが、ベネヴィエント邸内に入ってから人形工房に至るまでに出会う人形はこの一体だけです。
◇幻覚解除後の変化
この部屋には文字通り所狭しと人形が出現します。ダイニングブースには既に顔を見せていた本棚の1体に加え、29体が新たに出現し、応接ブースには14体が出現します。計44体、ギッチギチです。
また、非常に気になる変化が応接ブースのクローゼットに起きます。
幻覚支配下においてこのクローゼットには、動画フィルムが入っていると思われる円形の缶(ラベル無し)と、同じくらいのサイズの矩形の缶が入っています。しかし幻覚解除後このクローゼットを開けると、人形の靴と布、そして髪が足元の床にまで散乱しています。黒髪です。ドナのものでしょうか……?
後述するゲストルームのクローゼットにも変化が起きるのですが、幻覚支配下において別のオブジェクトが見えていたこちらの方が、より深刻な事態を暗示しているような気がします。工房からも遠いこの場所に、靴と頭髪が散らばっている様は非常に不吉です。
◆エレベーターへ続く廊下
古風な花模様の壁紙が貼られた廊下です。ここは既に「幻覚領域」に属しており、ドナを倒してイーサンが素面に返った後は、リビングルームからアクセスする扉も玄関ホール手前の廊下からアクセスする扉も施錠されてしまいます。ボス戦にあたる”かくれんぼ”では、この廊下も移動可能なステージとなっているため、わざわざ封鎖されたことは少し謎めいています。エレベーターが動かなくなっていればそれで十分だと思うのですが……。
そう疑問に思って見取り図を見てみると、1階の南端あたりにもうひと部屋ぐらいあったのでは、幻覚で扉ごと認識不能になっていたのでは、と訝ってしまいます。気になりますね。
ベネヴィエント邸は非常に行き届いた内装をしているのですが、壁紙の貼られた箇所はかなり荒れています。小物への手入れがきちんとなされているだけに壁の荒れようがなおのこと目立つのです。
仮説1.壁紙の張替えは家具を動かす必要もある大掛かりな作業なので、内向的で孤独なドナたちは補修ができない。
仮説2.過去に家族が選んだ色柄を思い出として保とうとあえて張り替えていない。
◆肖像画
部屋ではないのですが、1階と2階の中間に位置し、なおかつ非常に印象深いオブジェクトなので「肖像画」で一項目設けます。
ベネヴィエント邸に入って真っ先に鮮烈な衝撃を与えるのがこの肖像画でしょう。ドナの"素顔"をプレイヤーはここで初めて知らされます。端正さに思わず見惚れると同時に、「誰が描いたのか?」「どんな思いで描いたのか?」「なぜ飾っているのか?」……たくさんの疑問が湧き上がってきて落ち着かなくなります。
ベネ邸クリア後、庭師の日記を通してドナが対人恐怖症を患い、家族を喪い、孤独な境遇の中で生きていたことを知ると、この絵の印象は一層謎めいて、魅力的なものになります。この微かだが確かな微笑み! 一体誰がこの微笑みを引き出し得たのでしょう。一体誰がこの微笑みを一枚の絵として残せるほどに彼女を見つめ続けたのでしょう。
◇そもそもドナの素顔とは?
ドナの"真の"素顔が見えるのはゲーム内のほんの一瞬、ドナを倒した直後、彼女の遺体が崩れ去るまでの文字通り一瞬だけです。そこでプレイヤーは彼女の顔の右半分がグロテスクな寄生体によって侵食されていること、それでもなお肖像画の女性と同一人物であることがはっきりと分かる整った容貌をしていることを見て取ります。
一方、何か謎が解けないかな~と思い、表示言語を英語にしてドキュメントファイルを見ていたら、こんな記述がありました。
ドナお嬢様には対人恐怖症の原因となるほど昔から「the scar across her face」があったというではありませんか!! なんでこんな重要なことが日本語ファイルで書かれてねぇんだ、私が読めないその他膨大な言語に新事実が忍ばせてあるとしたら頭がどうにかなっちまうよ。震えます。
しかしこの記述を読んでからドナの死に顔を見ると、鼻梁~左頬~首にかけて、確かに古傷らしきものが確認できます(正面顔の絵に青で示した箇所)。顔を横切るようにあるこの傷は、英文日記中の「across」という表現に符合します。傷の種類を判断しかねるので「scar」で辞書を引いてみましたが、この単語は「wound(切り傷や銃創)、burn(火傷)、sore(炎症や腫れ、ただれ)」と、あらゆる種類の傷の痕を指しうるようです。個人的には強い薬品がかかって起きたただれの痕のように見えるのですが、これだけでは傷の原因までは推し量れません。
一方で顔の左半分には、鮮紅色の新しい傷が縦に走っています(正面顔の絵にピンクで示した箇所)。一見頭部の流血が下へ垂れているようにも見えますが、凹状の亀裂のようです。カドゥの影響で肌に裂傷が生じているのか、あるいは考えるのも恐ろしいですが錯乱したイーサンがハサミ(このハサミも幻覚の可能性が高いので爪?)で顔を切り裂いた可能性もあります。
瞳の色も気になります。肖像画に比べると非常に薄い色ですが、致命傷を負って体組織の結晶化が進む中でその色を失ったのかもしれません。
古傷のことを考えると、肖像画の謎がますます深まっていきます。なぜ肖像画には古傷が描かれていないのでしょう? 謎を解くために英語ファイルを覗いたのにこのざまです。流砂かよ。
仮説1.父親か母親が死の間際に描いた。
◎対人恐怖症のドナが素顔を見せ、微笑みすら浮かべているのですから、身内が描いた可能性が高いと思います。大人の姿で喪服を着ているので、おそらく両親のどちらかが亡くなってから描かれたものでしょう。職人の家系なので、絵の素養があってもおかしくはありません。ドナとアンジーを並べて描いたことも、あくまでこのふたりが独立した存在であることを意識させ、ドナが個としての自覚を失わないように牽制するような親心があったのかもしれません。親の想いがこもった遺作であれば、ドミトレスクと違って自己顕示欲の薄そうなドナが、自画像をでかでかと目立つ場所にかけているのも納得です。
しかし顔の古傷を描いていないことは少々不可解です。愛情深い肉親であれば、彼女は顔に傷があっても美しいのだと、絵によって証明しようとするのではないでしょうか。
仮説1-1.ドナが描かないように要求した
仮説1-2.顔の傷が両親の不注意などに起因するもので、引け目があった
仮説1-3.親が美しさについて狭量な考えに囚われており、娘の"あるべき姿"を描いた
仮説2.血縁関係のない画家に依頼した
×仏頂面をしているならまだしも、赤の他人にドナがこの表情を見せるとは思えません。
笑顔を見せるほど親しい間柄の画家がいる可能性には……嫉妬で狂いそうなので賛同しかねます(私情)。もしいたのなら作中に何かしらの痕跡があってもいいと思うのですが、そういったドキュメントもオブジェクトもありません。
仮説3.自分で描いた
○意外にアリかな、と思います。傷が無く、柔和な微笑みを浮かべ、アンジーと並んでいる絵の中の人物は、ドナにとって理想の自分なのかもしれません。この仮説は、後述する寝室のドレッサーの鏡に布がかかっていたら最も有力なものになったでしょうが、鏡はむき出しになっています。
ちなみに肖像画がかかっているこの階段にはちゃんとカーペットホルダー(カーペットがずれたりたわんだりして足元が危なくならないように押さえるやつ)があるのですが、ドミト城の豪華なホールの階段にはありません。ドミトお姉様、こういった安全面は横着しないほうが良いと思うのですが……。
◇幻覚解除後の変化
階段の踊り場に4体、ゲストルーム前に1体、計5体人形が出現します。
2階編
◆ゲストルーム
入った途端「住みたい!!」と思わせる美しい部屋です。なんというか、ハウジング雑誌に載るようなツヤピカさはないのですが、侘びた美しさとでも言えそうな趣があります。渡り六分景四分といった感じです。修道院の宿房のような飾り気の無い古びた白壁に、大きな窓からの採光が映えて、胸のすくような清々しさがあります。
この部屋で私がひときわ心を奪われたのは、小さな机の足元にある古いキルトラグです。
実は私は初見時にこのキルトラグに目を留めることなく、素通りしていました。1周目のストーリーをクリアした後、ベネ邸のデータをロードし、心奪われたこの建物を再探索している時にこの煤けた、しかしなんとも可愛らしい模様をやっと見つけたのです。この淡い色、愛くるしい布地と模様、計算されたモチーフの配置! ベネヴィエント邸には記憶と歴史を感じさせるいじらしい静物が無数にありますが、このラグを見たときの思い出の奔流は格別でした。ひと目見て胸を掻きむしるような愛おしさが湧いて、錯乱に近い感情になったのを憶えています。
ここは子供のための空間なのです。ピンクと水色の蝶と、花と、ハートが、子供のために用意された空間なのです。プレイヤーが見ることができるベネヴィエント邸は、孤独な女性が人形とともに暮らす"現在の"ベネヴィエント邸だけです。しかしこのラグを見ていると、この家にかつて少女がおり、その少女のために家具を選んだ人物が確かにいたことに思いを馳せることができます。現在と過去を結ぶそのようなよすががどんなに貴重なものか、わからないほど私も若くはありません。
このラグを見て初めて、自分がなぜこんなにもこの建物に夢中になるのかやっと理解できた気がしました。「何かが完全に損なわれ、失われる」ことと、「何かが損なわれ、失われた痕跡が残っている」ことは歴然と違うのだと、家全体が語りかけているのです。
ここにこのラグを置いてくださったゲーム制作者さん、ありがとうございます。
窓の向こうには柵があります。ベランダと呼ぶには少し狭すぎます。
建物の外から見るとこんな塩梅になっています。あまり高さは無いのですが、後付けされたもののようにも見えるので、この部屋を子供部屋にすると決めた時に、親御さんが落下防止のために設置したのかもしれません。
このゲストルームは一見禁欲的で無機質なようで、静かな愛情が満ちているように思えます。
◇幻覚解除後の変化
人形が15体出現します。ベッドの足元のクローゼットの内部は、幻覚支配下においてはがらんどうに見えていましたが、幻覚解除後はバラバラの人形のパーツが出現します。
◆謎の領域2:ゲストルームの向かい
木箱が積み上がり扉が開けられないようになっています。
仮説1.ゲストルームはかつてのドナの子供部屋だった可能性があるので、向かいに位置するこの部屋はクラウディアのものである。
死を悼んで子供部屋がそのまま保存されている。
仮説2.逆にゲストルームがクラウディアのかつての部屋で、この領域にはドナの昔の部屋がある。私的な領域として封鎖した。
◆謎の領域3:南東側
本と石膏像の載った机が行く手を塞いでいます。左手にクリーム色の扉があるのがかろうじて見えます。右手には廊下が伸びているのがわかります。
仮説1.左手の扉は外から見える塔に通じている。
仮説2.ベネ邸の探索可能領域にはトイレもお風呂も無いので、そういった部屋がここに属している。
仮説3.外観からはこの上にもう1階層あるように見える(屋根裏?)。そこへ続く階段か梯子がある。
仮説4.外観からは、エレベーターが2階にまで続いているように見える。エレベーターは幻覚領域に属しているので、2階に行けることをイーサンが認識できなかった。
「実在領域」における幻覚解除後の変化
ベビーとの追いかけっこを終え、エレベーターで1階に戻ると、幻覚の効果が強まリ色収差が発生した画面のそこかしこに人形が転がっています。リビングルームに入ると"かくれんぼ"の始まりです。この人形たちは、どこから来たのでしょう。
仮説1.急な来客時にごちゃついた私物を押入れに押し込むように、散らかっているのが恥ずかしくて幻覚でごまかしていた。
仮説2.必要とあらばいつでも攻撃できるように、伏兵として人形を配備し、幻覚でカモフラージュしていた。
仮説3."かくれんぼ"で攻撃するため、イーサンが地下にいる間に配置した。
△流石にドナが忙しすぎるのでは?
"かくれんぼ"中の人形たちは、通常の姿をしているものと、赤い目の姿をしているものがあります。"かくれんぼ"中にカタカタと首を振って不気味な演出に一役買う人形たちは、この赤目の人形だけのようです。幻覚解除後に確認できる人形たちは皆直立しているのですが、赤目の人形は座っていたり、横に倒れていたりといった、変則的な姿勢がとれるようです。
仮説1.赤目はドナのカドゥを株分け済み、通常の人形は株分けしていないもの。ドナは赤目たちだけを操れる。
△多くの人形の中に、特殊な動きをするものが一部いる、となるとこう考えたくなるのですが、疑問が残ります。
注目したいのは"かくれんぼ"で配備されていた赤目の人形たちが、幻覚解除後に(アンジーのように)動かない抜け殻となって残っているわけではない点です。幻覚が消えると、赤目たちはその姿ごと消えてしまいます。
仮説2.攻撃的な振る舞いをする人形は全て幻覚である。
○仮説1で浮上した疑問に答えられるのはこの仮説かなと思います。
それにしてもここまで膨大な数の人形を作っているドナの腕前には素直に感心してしまいます。幻覚解除後に確認できる邸内の人形だけで60を越していますし、地下の書斎から行ける隠し部屋や、墓所に置かれた人形も数えると、膨大と言っていい数です。
カドゥ適合時期の考察と照らし合わせると、不老になったとはいえドナの実年齢は多くても30そこそこと思われます。その若さでこれだけの数の人形を作り続けている、職人としての集中力と一貫性(ある種の強迫観念なのかもしれませんが)には頭が下がります。
(後編・地下階に続く)
追記・編集の履歴
2023.04.10
太陽の動きと集落の呼称から、ゲーム内で閲覧できるマップが北が上になっていないことに気付いたので、凡例の項目に方角の但し書きを追加。南が上になったマップとして見取り図の画像を差し替え。
リビングルーム項目に最初からいる人形について記載。玄関ホール、リビングルーム、肖像画、ゲストルームの項目に「◇幻覚解除後の変化」を記載。それに伴いゲストルーム項目の文の順序を改変。
また「『実在領域』における幻覚解除後の変化」の項目を追加。
追伸:漫画描きました
漫画描きました。読んで!
二次創作とは基本的に既存のキャラクターに対するラブコールであると思いますが、この漫画はドナ、アンジー、ハイゼンベルクに捧げるものであると同時に、ベネヴィエント邸という建築物に捧げるものでした。建築物への愛を原動力に漫画を描いたのは初めてでしたが、素晴らしい経験をさせてもらいました。
ありがとうカプコンさん! ありがとうベネヴィエント邸!!!
HOUSE BENEVIENTO FOREVER!!!!!!!!