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【書評】エス / 鈴木光司
※ネタバレは程よく有り。
「リング」シリーズの一冊。後から出版された「タイド」を先に読んだけど十分楽しめました。時系列的にはこちらの作品が後ですが、恐らく続刊がある模様。読後感は良いです。
物語
シリーズ2作目「らせん」の主人公、安藤の息子が今作の主人公。作者も時代が変わった事を意識したのか、今回は、USBメモリに保存された「動画」がキーとなる物語。映像制作会社に勤める主人公が手にすることになるその「動画」は男性の自殺の様子が撮影されていたが、再生する毎に映像の中の男性の様子が変化していくという怪奇現象が起きる。
映像の謎を追いかける主人公とその妻の身に、過去の「リングシリーズ」からの運命を感じさせるような事実が浮き上がってきて...というストーリー。
エス
イニシャルSという事でタイトルは「貞子」を指している。終盤で明らかになる真相は、過去のシリーズと対比的で、恐怖の対象として避けられてきた貞子へ、今作では執着する人間が複数現れる。貞子への屈折した執着心と愛情が今作の主題である。
今作も次元を超越した存在が現れることで、謎の「動画」のオチがつくのだが、もはや何でもあり感が否めない。次元の越え方は「4次元」→「3次元」→「2次元」という流れが今作まで。次回は1次元の存在となり、宇宙的なスケールまで発展できそうな予感を抱いて物語は終わる。過去作も「ループ」が面白かったので、ぜひ3作目はスケールの大きいテーマに「恐怖」を乗せた作品を希望したい。
犯罪の発生確率と死刑
冒頭で死刑囚が登場するが、死刑に関する論が面白かった。作中では腐ったリンゴになぞらえている。
箱の中にある100個のリンゴのうち、1つが腐り出したとき、99個のリンゴたちは腐った1個をどう捉えるべきか。全てのリンゴが腐らないようにするには大量の農薬が必要となり、100個のリンゴ全てに自然界には存在しない負荷を与えることになる。視点を変え、1個のリンゴが他全体の不幸を引き受け腐敗し、犠牲になる事で、全体の負荷は軽減され幸福度の高い社会が実現されていると捉えるとどうか。またその時、他99個のリンゴは腐敗した1個に憎しみを抱くのではなく憐憫の心を持って隔離するべきだという論。作中では死刑反対に繋げている。
2019/5/28に発生した川崎市登戸の殺傷事件。犯人が自死するという最悪の事態であったが、この事件を防ぐためにどれほどのコストを払い、社会の状態管理をせねばならなかったか。犯人は引きこもり状態の50代男性で、外界との関わりを避けている対象に対してできるアプローチである必要が有り、日本だけでも対象は60万人を超える規模だ。
無気力な精神に自発的な活動を促す魅力的な社会を形成する事は、イノベーションの繰り返しによって成される。その一端を私たちが担っている。
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