長谷川麟『延長戦』について


注意

 見出しとか目次とか、かなり読みにくい感じになっています。すみません。文章も全然書けません。読みにくいと思います。1500字くらいしかないです。
 

まず感謝

 私の手元にある『延長戦』は長谷川さんからご恵贈いただいたものになります。ちょっと短歌を頑張っている一介の大学生でしかないので、いまだにびっくりしています。本当にありがとうございます。
 ……なので、このnoteを書くことにしました。
 あ~、つまり、頂いたからには、何か響かせねば、という話です。それを書いて、公開して、この歌集の広報の一助になれば、という感じです。

すきな歌

いくつかすきな歌を載せたいです。
載せるだけにしておきます。

「空中菜園」の中の一首、30ページ
  何年も続かないって安心とバスタブがちょうどふたりの大きさ

「正しい山の楽しみ方」の中の一首、125ページ
  カービィはなんだって吸う さくらばな 今よりもずっと長生きをする

「延長戦」の中の一首、178ページ
  泣きそうになることすらも減ってきてウツボのような顔をしている

「リネンの布巾」の中の一首、200ページ
  取り過ぎたワックスみたいに持て余す四連休にお刺身を買う

(1,)2,4首目について、選んで見返すとどれも比喩だ、という気づきがありますネ。それぞれ比喩の質感がすごくいいな、と思いました。ウツボの顔をよく観察してそれを言語化しようとするときに使う言葉を圧縮した、「ウツボ」がとてもクリティカルな表現だと思いました。ワックスの硬さと、光り方からお刺身につながるところの理屈がすごく素敵だな、と思っています。

 ……の歌があって、その本の最後、「細長い窓」・「海へと」・「時折、風が強く吹いてて」の並びがあることが、この歌集の、なん……て言ったらいいんでしょう、とても、大切にされるべき、するべき、したい、するところで、この3つの中の歌、どれもすごいんですけど、ここに載せたいんですけど、それってもう歌集を入手してください、という話なので__

__歌集を入手してください。 

すきな歌集

 に、なった、という話です。
 え~と、これは栞文(染野太朗さん・石川美南さん・瀬戸夏子さん)を読んでの話になります。
 現代短歌社賞、応募するには300首。めちゃくちゃ多い。瀬戸夏子さんのそれに対する考え方を読みながら、「歌集」という単位で考えてみました。
 すきな歌は?と聞かれて、答える歌の入っている歌集がそのまますきな歌集ってわけじゃないんだよナ、と個人的に思っていました。で、それでいいの?と思っていたのですが、「やっぱりそれもアリですよね」となりました。すきな歌集は、『延長戦』と『うすがみの銀河』、『ひかりの針がうたふ』です(2023年7月29日)。

私に贈ろうと思わはった理由を考える

 マジでこっちがお世話になりっぱなしなのにさらに歌集を贈っていただけた理由がわからない、のでびっくりしています(冒頭からずっと、今も……)。だってしかも、同志社大学短歌会(私の2023年現在所属している短歌会)ではなく、個人で頂いてしまって。有り難さ限りなしです。

 ……でも、この(会じゃなくて)個人に謹呈する、ていうところに、多分意味があって、え~と、当たり前なんですけど、「門をたたきなさい、そうすれば、開かれる」(マタイ7:7←同志社言いがち聖句箇所)なんですよね。誰かがノックするんじゃなくて、自分がやる、ということで。私は茶屋町歌会にツイプラで「参加表明」しました。
 そしたらそれが続いて、『延長戦』という門を建ててもらって。開けさせてもらえました。……で、その門を造ったり後進に開いてあげたり、という役目は当然リレーじゃないですか。連綿と受け継がれる、てやつですね。私も門を造ったり後進に開けてあげたりしなくちゃいけないじゃないですか(だから同志社短歌会の4回生としてやらせてもろてるわけですネ)。ならリレー選手になりえる人って多い方がいいじゃないですか。という計らいなのかな、と思います。

 できる限り、頑張ります。勉強します。

『延長戦』、とても考えさせられる歌集です。ぜひ。