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距離が延びる。世界は拡がる。

土曜の朝6時。けたたましくスマホのアラームが鳴る。同時に階下からは妻の声「時間だよ。起きて」。普段ならまだ夢の中だが今日は起きねばならない。所属するオンラインサロン、PLANETSCLUBの分科会であるランニング部のイベントがあるのだ。
ランニングのイベントといったら一緒に同じ場所を走るとか、大会に参加することをイメージするだろうが今回はオンラインのイベントだ。スタート地点もゴールも走る距離も経路もばらばらだ。題して「みんなで一緒に家をでるラン」。

日々のランニングにおいて、大きな壁となるものがある。着替えて、玄関を開け、外に出ることだ。そう、外に出るまでが一番の大仕事なのだ。だから今回のイベントは、とりあえず一緒に家を出よう!決まり事はそれだけだ。
顔を洗い、ネスカフェバリスタでいつものアイスコーヒーを入れる。一気に飲み干し着替える。ここまでは普段と何ら変わらない。ランニングシューズを履きBTヘッドセットを起動する。スマホを取り出しZOOMを立ち上げる。いつもの面子がそこにいるが服装や背景が異なる。おはよう!と挨拶をかわしあうメンバーや無言で準備中と表示している人もいる。すでに走り終えている人、まだ部屋の中の人。個々人が各々のリズムで、でも一つのところ(とはいえオンラインだが)に集っていた。
部内でコーチを務めてくれている方の指導で準備運動をする。まだ起動しきれていない頭と体が覚醒していく。ほんのりと体も温まった。

せっかくイベントに参加するのだ。何かいつもとは違うことをしたいと思った。普段の僕のランニングは距離にして2~3km程度、時間にして10~20分といったところだ。よし、とりあえず5kmを目指してみよう、そう決めた。5kmは僕にとって壁だ。ランニングを始めた4月に一度やってみたのだが、走り切ることはできたものの翌日からしばらく筋肉痛になり、体力のなさに落ち込んだりした。それ以降、とにかく怪我をせず、楽しく走りながら体力がつくことを祈るという消極的な方針に無意識に傾いていた。

選んだ道はいつもの散歩コースだ。距離間や起伏は体が覚えているし、トイレや給水のためのコンビニもコースに織り込み済みで安心できる。準備運動を終え、ZOOMを閉じる。各々が走り出す。僕も同時に走り出す。
いつもよりなんとなく体が軽い。準備運動のお陰だろうか?それとも場所は違えどみんなと一緒だという心理的な影響だろうか?
3kmを過ぎたところで、いつものコンビニで給水をする。あれ?なんかいけるな、という感覚が出てきた。それなら、と方針を変えた。距離は忘れて1時間、とりあえず走れるだけ走ってみよう、そう決めた。
5kmを越えた。未体験ゾーンだ。いけるか?いける!そしてこの時雨が降り始めた。普段ならこの時点で最短ルートで家に帰ることを考え始める。濡れるのは嫌だし、何よりシューズが痛むのを避けたい。だが今日は違った。この日のために新しい防水のシューズを手配していたのだ(実は雨で過去のオンラインイベントをパスした苦い思い出がある)。残り30分弱。とにかく目標までは走り続けたい。それしか考えていなかった。散歩コースは11km。このままだとちょっと長い。ルートを選びながら家の前できっちり1時間になることを調整する。雨が体を濡らす。オーバーヒート気味の身体が適度に冷やされ心地いい。普段のシューズならぐちゃぐちゃと内部が何とも言えない気持ち悪さに包まれるが、防水シューズだからその心配もない。苦しさはない。足に痛みが走ることもなかった。
家のすぐ近くで車に乗った妻とすれ違う。行ってらっしゃいと声をかけた僕に妻は「ずぶ濡れなのに楽しそうだね」そう言って走り去っていった。ずぶぬれ「なのに」楽しいのではないく、ずぶ濡れ「だから」楽しいのだ。そう言いたかったがすでに妻は角を曲がり遠ざかっていた。そのまま自宅に辿り着く。時間にして1時間1分、距離は9kmだった。

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この日僕は一つの壁を突破した。身体や自然や街並みと対話する楽しみの他に距離や走り続ける時間に挑戦するという新しい楽しみ方がわかってきた。いや、走れる距離が延びるということは、ランニングで接続できる世界が拡張することを意味する。距離の数値を見た時の受け止め方が大きく変わるのだ。最早5km圏内なら自分の世界だと言い切れる。

当初考えていた5km走破の目標は予想外の9kmまでのびていた。この原動力となったものは「やってみよう」という気持ちだろう。その気持ちを与えてくれたのが「オンラインラン」イベントだった。隣を走るわけでもない。先導者がいてペースを作ってくれるわけでもない。日々のお互いのランを褒め合い、定期的にオンラインで会話をし、そして「走る」ことについて各々が記事を書く。ただ同時に家をでて各々が好きなようにランニングを楽しむ。たったそれだけの事なのに大きく結果が変わってくる。一人の楽しみ方が他の誰かの刺激になる。とても緩くてとても自由。
そんなPLANETSCLUBランニング部が僕は大好きだ。

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