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100日後にデビューする小説家【73日目】
人の心に付け入る者たち
面白い体験をした。いや、これを面白いと思うかどうかは人それぞれなのだが、私としては面白い体験だったのでここに書き記しておこうと思う。
早速本題に入ろう。先日のこと、私は何かしらのネタになるだろうという、とても不純な理由で「Vtuberオーディション」というものを受けることにした。これで何かの拍子に引っかかりでもしたら、それはそれで考えようとは思っていたのだが、まぁそういう上手い話には何かしらの裏があるわけで、それに関しては後述しようと思う。
先ず、前提として知っておいて欲しいことがある。それは少し前に流行った声優業の情報商材ビジネスだ。「応募資格は声を褒められた経験があること」「未経験からプロになれる」「顔出しなしで仕事が出来る」「声優になりませんか」という触れ込みの広告を見たことがある人も多いのではないだろうか。私も初めて聞いた時は「そうか、そういう方法でオーディションを行う会社もあるのか」と思っていたのだが、どうやらそういうことではないらしい。詳しく調べると、それは「声優になりたい人」に向けて販売されている情報商材だったという面白くも何ともないオチなのであるが、その手口が実に巧妙なのである。以下に引用しよう。
とまぁ、こういった事情があるのが前提である。
今回はこれにかなり近いケースだった。書類審査(という名の名前を書けば誰でも受かるようになっているようで、私も面接に進むことが出来た)を終えて、面接を受けることになった。面接を行うということは、時間と労力というリソースを割いて、その人と直接やり取りをする価値があるということである。簡単な質問に答えて、その場で「不合格である」と告げられる。ここまでは想定の範囲内であった。更に担当者は言う「ただし、今回は市川さんの『熱意』に感銘を受けました。その熱意を形にするためにも、もっと業界やSNS運用のノウハウを弊社のスクールで云々」なるほど、そういうことかと私は悟った。私のように完全に冷やかしで受けてみた人間とは違って、いわゆる「Vtuberドリーム」に人生を賭けようとしているような人には、この手の手法は効くのだろう。営業の方法としてはとても上手い。ここでスクールへの勧誘に成功すれば、それだけで利益になる。そこで万が一芽が出るようなことがあったら、その時は自社との契約に持って行くことが出来る。それをしなくても受講生はサンクコストを考えて「Vtuberとしてのお作法(こんなものがそもそもあるのかという話ではある)詳しくなれた」という達成感を得ることが出来るだろう。自分も少しは夢に近づくことが出来たと思うことで、自分を納得させる。なるほどな、面接で借金の有無を聞いたのはそのためか。学費ということで、ローンなどを組ませるところまでがワンセットなのだろう。実によく出来ているビジネスモデルだ。さぞかし儲かることだろう。私はこの手の「夢を売る」商売が嫌いである。しかし、いざそれを体験してみると、その手法の狡猾さに私も「よく考えたな」と思ってしまう。
小説にも、似たような話はある。ある時いきなり出版社を名乗る人から連絡がある。曰く、小説が素晴らしいので書籍化させて欲しいと。二つ返事で了承すると、印刷部数を決めるように言われる。100冊単位か、数百冊単位である。同人誌を刷ったことがある人なら分かると思うが、大手の同人誌であっても、せいぜい100冊がいいところである。そして、箱を開けてみると、自費出版だった。残るのは自分の書いたどこの販路にも乗らない小説数百冊と数百万の借金のみ。こういった詐欺まがいの行為はどの業界にもある。今回、私は「こういうものだ」と知ってて受けたのだが、知らずに受けた人の中には、高額な情報商材を購入した人もいるだろう。それが日に1人でもいれば、毎日数十万円の(もしかしたら数百万単位かもしれない)収入になる。それならば、一人に対して1時間程度の時間をかけて面接(接客)する理由もよく分かる。今回は、こういった詐欺というか勧誘は往々にして行われていて、それは私たちのすぐ近くで起きているということである。
夢を追うことは決して悪い事ではない。むしろ、その決断をした自分を誇った方がいい。しかし、世の中にはこういった悪質な手口も存在していることを、頭の片隅に置かなければならない。