人工知能うつ、ひろがらないように

(#30年後あったらいいな に重版・・・笑)

人工知能開発者の”うつ”もさることながら、人工知能を利活用するひとびとの”うつ”を想像してみます。

「自身の優位性」は、つねに付きまとうもの。一人が二人となり、さらに大勢の中で生きるために、自身の立ち位置が優位であろうとすることは本能です。立ち位置が下がれば這い上がろうともがきます。そこで問題になってくるのは、現実の立ち位置と自覚(希望)している立ち位置とのギャップ。環境性のうつの要因となるモノです。

さて、人工知能が世の中に広まると、どんな環境となるか。組織で世の中の活性化を図ってきた人間社会。人工知能が利活用されると「個人」の能力を組織が欲しなくなるのかもしれません。そうすると、組織の中で生きようとする人は自己実現の場が少なくなり、相対的な”立ち位置”を確認できなくなります。環境性のうつ(仮称:人工知能うつ)が形成されてしまうかもしれません。

「脱・組織」。これが「人工知能うつ」から解放される生き方なのでしょう。自身の立ち位置は自身の思うがままに。上下に厚みがあるより、横に幅のある生き方。人づきあいが苦手なら「仮想現実」でギャップのない自身を生きていければ、うつから解放されます。

だとすると、幼いころから脱・組織という環境で育つ人は、どんな人なのでしょう。なんとなく「猫社会」を想像してしまいました(笑)。近年、猫がウケるのはその未来を指し示しているのかもしれません。猫がマウントヘッドをつけて微動だにしない小春日和。あたたかいのにうすらさむい。

「組織で生産性を問わない」人間社会。人工知能がなにかにつけて代理となる社会。その中で、人間はどんな自己を確立していくのか。今、様々に話題に上る未来社会に、なにかが抜け落ちている気がしてしょうがないのです。


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