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ノーベル経済学賞 × 教育学:草の根の貧困対策

いつもお読みいただいてありがとうございます!英語の勉強法などは、1つの記事にまとめるのが難しいと感じたので、Twitterを始めました。よければフォローお願いします。

公共政策プログラムの授業が始まって4週間が経ちました。去年の今ごろは、本当に心身ともつらかったのですが、今年は、授業の数は増えているにもかかわらず、ずいぶん楽に過ごせていて、小さな成長を感じています。

さて、先日、ノーベル経済学の発表があり、
マイケル・クリーマー(Michael Kremer)氏
アビジット・バナジー(Abhijit Banerjee)氏
エステール・デュフロ(Esther Duflo)氏
の3氏が受賞しました。ハーバードとMITの教授ですね。

経済学賞ですから、当然エコノミストなのですが、3人とも、教育学のクラスでよくに耳にする名前です。というのも、スタンフォードの教育大学院で扱われる「○○に効果がある/ない」といった論文は、ほぼこの3人が築いた理論と実践を基にしているからです。

今年も教育大学院のクラスを1つ取っているので、受賞の翌日は、この話で教室がにぎわったりもしました。…が、日本のニュースなどだと、あまり教育とのつながりははっきり書かれていないかも?と思ったので、せっかくですから、受賞のワケや、教育関係の業績をまとめてみたいと思います。


功績その1:「RCT」の実践と発展

「ランダム化比較試験」(Randomized Controlled Trial=「RCT」)を、①国際開発のフィールドで実践し、②その方法を体系化することで、経済学における「因果推論」の手法を発展させた。

いきなり何やら難しい言葉を並べてしまいましたが、やったことはシンプルです。彼らの受賞の皮切りとなった研究は、1990年代中盤、ケニアでの教育に関するものでした。受賞者の一人、クリーマーは、「ランダムに学校を選んで、教科書を追加で配ると、学力は上がるか」という、驚くほど単純な実験を行いました。

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この実験でもっと驚きなのは、教科書を配った学校は、配らなかった学校と比べて、学力は上がらなかったということです。教育が重要だ、途上国には最低限の教材がない、だから教科書を配布しよう。ものすごく筋が通っていると思うのですが、そんな前提さえもきちんと考え直さないといけない、というエビデンスとなりました。

このように、ある集団をランダムに「何かしらの取組を行うグループ(介入群)」と「何もしないグループ(対照群)」に分けて、両者の差を比較する実験を総称して「ランダム化比較試験」と呼びます。以下「RCT」で統一しますね。

なぜこれが重要かというと、「ランダム」に分けて「比較」をしないと、「その取組がなくても、どのみち改善したんじゃないの?」などの指摘に対して反論できないからです。

これ以前(今もですが)、国際開発の世界では、まさに「ランダム」でも「比較」でもない議論が続いていました。最も代表的な議論は、

「開発援助は依存を生んで、援助を受ける国をダメにする!」
「実際、援助を受けている国は経済成長していない!」
VS
「開発援助によって、経済の好循環の一歩目を作り出す必要がある!」
「援助がなければもっと酷いことになっているはずだ!」

というものかと思います。これは、国・人が援助に対してどういう振る舞いをするはずか…という根本的な思想の違いに基づくものなので、因果関係を証明することはほぼ不可能です。自分の体験にも左右されます。

また、個別の施策の効果を論じる際も、

「数年前に○○プログラムを受けた人の年収が2倍になった!(ドヤ)」

と言ってみたところで、その人が
「放っておいても2倍になる人だった」のか
「プログラムのおかげで倍になった」のか
「プログラムさえなければ実は3倍にできた」のか
そもそも「たまたま」なのか
は、決して分かりません。その人に分身がいて、プログラムを受けなかったら人生がどうなっていたか再現してくれる…というような、SFめいたことでもない限り。このあたりの話は、受賞者の一人デュフロ教授のTEDトークにもまとまっています。(日本語字幕あります!)

詳しい理論は省略しますが、RCTを用いれば、分身を作り出す代わりに、「十分『同じ』に近い、2つの集団」が生み出されるので、この問題は解決されます。2つの集団の効果を比べることで、「なぜ」効果があるのかないのかというメカニズムの推測も、ぐっと説得力が高まります。

RCTは、医療や農業などでは、昔から用いられていましたし、人が相手の実験でも、ラボに呼んで、ランダムに「これこれの行動をしてください」などお願いすればそれなりに実行可能です(大学でよくあるのは、単位と引き換えに実験に学生に協力してもらう…といった形です)。国際開発に限らない経済学全体の世界でも、今やRCTは、ほぼ唯一の説得力あるエビデンスとみなされるようになっています。

しかし、実際に貧困層の方々が多く暮らすエリアで、日々の生活の中で実験をしてもらうのは、ものすごく難しいわけです。しかも、RCTは、見た目のシンプルさと裏腹に、きちんとやるにはいくつかの条件が必要ですし、条件によって実験の信頼性も変わります。かといって、その日を暮らすのに精いっぱいの人をラボに呼ぶこともできません。呼べたとしても、ラボと現場では、家族の意思決定のプロセスや、どんなリソース・情報が利用できるかなどの環境がまったく異なります。すなわち、現場で生きる知見が得られるかわかりません。

3人の教授は、その困難を乗り越え、
①「人々の生活現場で」実験を行いつつ、
②さまざまな条件に左右される「信頼性」をきちんと数式化した
というところに大きな業績があると言われています。数式化すれば、複数の実験どうしで比較もできますしね。(数式自体に興味がある方は稀だと思うので、ここでは省略します。笑)

RCTの「条件」の例…「スピルオーバー」の防止

例えば、条件の1つに「スピルオーバー」と呼ばれるものがあります。これは、「何かしらの取組を行うグループ(介入群)」と「何もしないグループ(対照群)」との間に交流があった場合、取組の効果が散逸して、正しく測定できない…というものです。

より具体的に言うと、例えば、途上国での「寄生虫の駆除プログラム」をイメージしてください。(寄生虫をイメージする必要はないですよ…)

この種のプログラムでは、ある村に住む住民たちの中から、ランダムに駆除を行っても、駆除された人と駆除されていない人が一緒に生活している限り、また寄生虫に感染し、「プログラムは効果なし!」となってしまう恐れがあります。本当に駆除がうまくいっていようがいまいが、です。

これを防ぐためには、例えば、たくさんの村の中から、ランダムに村を選んで、村全体で駆除を行い、駆除しなかった村と比較する…といった方法が考えられます。が、同じ村の中には同じような人が住んでいる可能性が高いですし、村が違えば生活様式なども異なるため、個人単位のランダム化と比べて、実験の精度は落ちます。つまり、「その村だからうまくいったんじゃないの?」「放っておいても改善する村だったんじゃないの?」という指摘に対して、少し反論しづらくなってしまいます。

極端な話、2,000人を対象に実験を行ったとしても、村が二つしかなく、どちらかの村だけにまとめてプログラムを提供したならば、片方が「放っておいても改善/悪化する」村だった可能性を否定できません。また、どちらかの村だけが、水不足などの「たまたま」に影響を受け、本当は効果があるのに、「ない」とされてしまうリスクも高まります。もちろん、本当は効果がないのに「ある」という結果が出てしまうおそれもあります。

3人の教授は、こんな議論を「同じ『クラスター』内のサンプル数が増えた場合」(村の中の住民数が増えた場合)「『クラスター』の数が増えた場合」(村の数が増えた場合)といった形で一般化し、それぞれ、どれほど実験として信頼性が増すかといったことを数式で示しています。

この他にも、RCTがうまくいくためにはいくつかの前提があり、「ランダム化」を正しくデザインすることは、ぱっと想像した感じよりも難しいです。3人の教授は、そんなたくさんのチャレンジや対応法等を、数式も使いながら一般的な形に整理したことが大きく評価されています。(だから、ニュースなどでは「こうすれば貧困にこう効く」みたいに一般化しづらいんですよね…) 


功績その2:「マイクロクレジット」は魔法の杖か?

ノーベル賞のサイトによれば、3人は

・教育
・健康
・合理的な投資行動を妨げるバイアス
・ジェンダー論(政治における影響など)
・ファイナンス

の分野において、貧困の削減に貢献する先駆的な研究成果を残したとされています。

日本語でも英語でも、ニュースでよくとりあげられるのは、「マイクロクレジット」の効果を検証した話ではないでしょうか。マイクロクレジットは、貧しい人々向けに少額融資を行うことで、貧困からの脱出を支援する事業です。貧しい人たちは、事業を軌道に乗せるためにお金や、まとまった資金を借りるための担保がないだけで、少額融資を通じて、ビジネスを拡大したり、子供の教育などもっと将来のことにお金を使ったりできるはずだと。

貧しい人の「可能性」を応援するこの事業は大きく注目を集め、マイクロクレジットを行う機関第一号「グラミン銀行」創始者のムハマド・ユヌス氏は、2006年にノーベル平和賞を受賞しました。今や世界中に広がっているサービスと言っていいと思います(ちなみに、グラミン銀行は日本にもあります。)

より詳しい貸付のやり方などは、以下をご覧いただけるとわかりやすいかと思います。日本の教科書に出てくる「5人組」のような仕組みが成功の秘訣…!?などと言われてきました。

さて、ノーベル平和賞まで受賞したこのビジネスモデルの効果を、デュフロ教授とバナジー教授はRCTを用いてインドで検証しました。その結果は以下のようなものです。

・一部の批判者が言うような、「貸しても無駄遣いしかしない」という証拠はみられない。むしろ、ちょっとした「無駄使い」、例えばおやつなどへの消費は減る。

・同時に、劇的に人生が変化するわけでもない。教育や保健への支出は増えていないし、起業した世帯はわずかしか増えていない。

こうした研究はさらに発展し、今では「5人組」はあまり意味がない、小規模事業を中~大規模にする効果は薄い、利益を伸ばしている世帯はむしろ事業を縮小させていることもある…など、様々な研究結果が得られています。クレジットもいいが、保険や貯蓄がもっと必要、という研究もあります。

「貧しい人が、マイクロクレジットによって事業起ち上げ資金を得て起業し、成功を収め、貧困を克服する」というストーリーは、もちろんいくつか存在しますが、「貧しい人たちは天性の起業家や子供の将来を考える志にあふれた人たちで、融資がその背中を押すだけで貧困に立ち向かうことができる」という夢物語は存在しない、ということかと思います。

これは考えてみれば、いわゆる先進国でも途上国でも当たり前の話であって、受賞者らも、「マイクロクレジットの効果を否定したわけではない」「貧困と戦うための有益な武器の1つである」と、著書の中ではっきり述べています。ただ「これさえ続ければ世界中から貧困が一掃される」という夢を見ていてはいけない、という主張です。一部のニュースなどで「マイクロクレジットが無意味だという研究をした」というような表現がありますが、これはやや不正確で、過剰な期待がされている世界で、「まあまあ落ち着こう」と提案した、というような感じなのかと思います。これまでの文脈がわからないと、受賞者らの功績を理解するのは難しいと感じます。。。

ちなみに「マイクロファイナンス」という言葉もありますが、これは、マイクロクレジットとほとんど同じ意味でも使われますし、広義にはクレジット(貸付)だけでなく、貯蓄や保険などより広いサービスを指します。英語の文献を読んでいても、文脈次第かなあという気がします。

 

功績その3:「教育」分野の発見

やっと教育まできました。教育に関しては、実に様々な実験が行われているので、一言で「これを発見した」と言うのは難しいです。ノーベル賞のサイトで紹介されているだけでも、こんなにあります。

1990年中盤から2000年代にかけて、RCTを用いて、ケニアで以下の事実を発見。

・教科書の供給を増やしても生徒全体の成績は向上しない。最も優秀な生徒らの成績は上昇する。
・フリップチャート(こんなやつです)の学校への配布は成績に影響がない。
・寄生虫の除去、学校給食の提供は出席率を上げるが、成績には影響しない。
・テストスコアと教員の給与を連動させる取組(インセンティブ)は、給与と連動する教科のスコアのみを向上させ、他の教科には影響しない(改善も悪化もしない)。
・正規教員のクラスサイズを縮減(80人規模→40人規模)しても、生徒の欠席率の改善及び学力の向上に効果はない。
・成果が出た時だけ雇用が延長する契約教員を雇うと、欠席率は改善、学力は向上する。
・保護者の学校への影響力を強化するプログラムは学力を向上させる。

どうでしょうか。これもまた文脈の話になりますが、いわゆる途上国では、「先生が出勤する気がない」「しても教室に行かない」などが問題だったり、義務教育段階でさえも、子供は家の商売を手伝ったり働きに出たり…と、日本の教育現場が抱える問題とはずいぶん違います。(経済的な事情が影響を与える、といった根源的な話は同じですし、そんな中でも、「クラスサイズ」が必ず話題に出るのは興味深い事実だと思います。)

2000年以降、インドで以下の事実を発見。

・補習授業とコンピューターによる数学パズルゲームの提供は、どちらも1~2年後の数学の成績を改善させる。
・習熟度別クラス編成は、全員の成績を上げる。(上位クラスの下の生徒も、下位クラスの上の生徒も恩恵を得る。『ピアエフェクト』による負の影響は、教師が教えるレベルを合わせられる正の影響で相殺される。)
・「教師が出勤したことを写真で証明すれば追加で給料を支払う」という仕組みが、教師の欠勤率を半減させる。
・正規の教員によるものでもボランティアによるものでも、補習授業によって、生徒の学力は著しく改善される。
・通常の授業に関する訓練を正規教員に提供するだけでは、学力に変化はない。

これらもノーベル賞のサイトで紹介されています。こうした発見や他の研究などをもとに、受賞者らは、以下のような主張をしています。

・「生徒の到達度に合わせた授業ができるクラス編成」及び「教師の説明責任を高めつつインセンティブを与える取組、例えば短期の契約更新」の費用対効果が高い。

・全ての子供に高いレベルの教育を提供することと、「この子には勉強はできない」という保護者や教師の不信感が一体になると、教育を継続することが困難になる。

・実際には、基礎に焦点を絞れば、家庭環境等にかかわらず、学校教育によって埋め合わせることが可能であり、そのためには、
①生徒全員の習熟度に応じた指導を行うこと
②保護者に教育の経済的リターンを正しく伝えること(高等教育に対する過大評価によって、かえって自分の子供に対する期待値を下げている場合も、初等中等教育に対する過小評価をしている場合もある)
③授業外の補助にテクノロジーを活用すること
が効果的である。

寄生虫の除去が出席率をあげる…といった発見は、明日から日本で使えるものではないですし(いわゆる「ぎょう虫検査」も廃止されましたしね)、「インセンティブ」「習熟度別クラス」などがどこの国でも同じように働くかというと、必ずしもそうは言えないと思います。

「インセンティブ」に関して言えば、「余裕やリソースがない中でのインセンティブは機能しない」という論文もあります(そして、日本の教師は世界の教師の中で一番忙しいというデータがあります)。

また「習熟度別クラス」は、やり方を間違えると、まさに受賞者ら自身が主張する「この子には勉強はできない」というレッテルを貼ってしまうので、来週やってみよう、という話ではないと思われます。(逆に、そうならないようにできれば、効果があるだろうという証拠がインドで示されているわけですが。)

しかし、肝心なのは、これらを通じて、
①貧困対策や教育の世界において「みんな効果がある(ない)と思っているが、実際はない(ある)」ものがある
②その結果をきちんと分析すれば、貧困を生み出すメカニズムや行動パターンの解明に近づける(功績その4.で詳しく書きます)
という点です。

どこの国でも「こうすればこう効く」という処方箋にはならないとしても、これらはなお価値がある発見だと思います。

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フィリピンの数学の授業。「教育」は世界中で本当に重視されています。


績その4:貧困の「なぜ」に立ち向かう

ここまでで既におわかりいただけているかとも思いますが、3人の教授は、RCTの「理屈を発展させただけ」でもなければ、現場で「何か発見しただけ」でもありません。
①それまでの常識を覆す発見を、
②これまでの理論やデータと組み合わせて、
貧困のメカニズムについて新しい説明を組み立てています。(ということは、繰り返しですが、「それまでの常識」を多少知っていないと、何がすごいのかわかりづらいわけです…)

以前の記事でも少し触れましたが、研究では、メカニズムをきちんと示すこと(Internal Validityと言います)と、他の対象にどこまで当てはまるかという一般性(External Validityと言います)を示すことがとても重要です。RCTを通じて、これまでになかった説が立てられた例を1つ紹介します。

「早期妊娠」は、それ自体が女性の体にとって大きな負荷であることに加え、HIVの感染リスクの増加、人口政策の成否などにもつながる、かなり世界的な問題です。この問題に対処する方法の1つに「性教育」がありますが、ケニアでは、

①思春期の子供は、避妊のメリットなどを正しく認識できる能力や責任感がない。
②ゆえに、解決法は、性的な「禁欲」を促進する教育である。

というが考え方にもとづいて、性教育カリキュラムが企画されてきました。

この説を検証するため、デュフロとクリーマーは、
①禁欲を強調するカリキュラムを実施
②性教育として、「高齢男性の方が、HIVの感染率が高い」ことを教える
③制服を配布して、学校の金銭負担を減らす
(④これまでどおり)
のどれが早期妊娠を減らせるか調べました。

結果、①は、学校でのエイズ教育の時間を増やしただけで、生徒の知識や妊娠率には変化がみられませんでした。それに対し、②は、年上男性との性交渉が減り、同年代との(避妊をしての)性交渉が増え、妊娠率が減少。そして③はややこしいのですが、
・「教師への性教育カリキュラム研修」と制服の両方が提供された学校では、妊娠率に変化なし。
・制服だけが提供された学校では、妊娠率減少。
というものでした。つまり、「教師への性教育カリキュラム研修」は、妊娠率を高めているおそれがあります(研修と制服でプラスマイナスゼロになっている)。

この結果だけでも十分興味深いと思うのですが、ここからデュフロとクリーマーが導いた仮説は、

(1) 少女たちは明らかに、避妊のメリットを理解するリテラシーと、相手を選ぶ判断能力を持っている。(②から。)

(2) 通常の性教育プログラムは、かえって、「年上の経済力ある男性と結婚するために子供を作ろう」という方向に、少女たちを向かわせているおそれがある。(③から。経済力の差や、学校に残れる見込みによって妊娠率に差がついていると言える。)

というものです。これは教育の可能性とリスクの両面を端的に示すものですし、それまで自分は「効果の大きさを測定するのがRCTの役割」とだけ思っていたので、二重に大きな衝撃を受けたことを覚えています。

なぜ女性が「そう考えなければいけないのか」については、さらに膨大な考察がなされているのでここでは書ききれません。いずれにせよ、「早期妊娠が問題→性教育」といったアプローチだけを考えるのではなく、貧困の現場で、「誰のどのような考えが、どのような社会のメカニズムによって、問題を生み出しているのか」について優れた考察を残した点が、3人の教授の優れた点だと思います。

教育やマイクロクレジット関係に限らず受賞者らの功績を知りたい方は、こちらのページの下の方にある
"Popular science background: Research to help the world’s poor"
"Scientific Background: Understanding development and poverty alleviation"
をご覧になってみてください!(英語です。)


功績その5.学界内外への貢献

ノーベル経済学賞を受賞するには、研究として先駆的であることはもちろん、それが実際の政策などにしっかり反映されていることも必要…と言われています。この点では、3人の教授は、文句のつけようがないと言っていいほど、学界内外に大きな貢献をしていると思います。

まず功績その1.で書いたRCT関係の功績により、多くの社会学者・経済学者がRCTを用いた因果推論を行うようになり、経済学全体として、貧困対策に関する研究が活性化しました。

そして、受賞者らが起ち上げた、RCTによる政策のエビデンス形成を支援する組織「J-PAL」は、これまでに4億人の人に何らかの影響を与えているとされていますし、HPでもRCTによるエビデンスが大量に公開されています。

もちろんJ-PALに直接関わっていない研究も、これらの影響を大きく受けています。

政策などへの応用としては、功績その2.で書いたように、マイクロクレジットの見直しなどに役立ったのはもちろん、逆に有望な政策をスケールアップさせることにも貢献しています。(功績その3.でご紹介したインドでの生徒への補習プログラムは、NGOの活動だったものが、州の取組へとスケールアップしたそうです!)

さらには、実は「効果がもうない」政策を終了させる、ヘルスケア関連製品の利用料金が途上国で徐々に下がっている(受賞者らの研究によって、人々がヘルスケア関連製品の価格に予想以上に敏感なことが明らかになったためだそうです)などの影響もあります。加えて、多くの貧困対策NGOが、自分たちの施策に本当に効果があるのか、評価をするようになった…という話もあり、とにかく、功績の世界的な広がりはものすごいものがあるようです。

より詳細に知りたい方はこちらをご覧ください。


とめと次回予告:RCTの欠点&行動経済学

要すれば、「援助は良い・悪い」といったイデオロギー論争に決着が見えない国際開発の世界で、「草の根で、経済学ができること」を、貧困の現場で追求してきたのが、受賞者の功績であると言えます。

その功績は、一般化するならば「RCTを発展させ、駆使した」という抽象的なものになるし、具体的な発見は、体系だっていない面もありますし、膨大なのでまとめきれません。(教育やマイクロファイナンス以外の分野についても、功績を一読はしたのですが、「貧困の解消のための処方箋」を作ったわけではないようです。)

しかし、逆に、RCTという手法自体は、分野を選びませんから、今後、さらに体系的な知見や、いつか「処方箋」が発見されるための第一歩を築いた…ということで、受賞につながったのだと思います。冒頭にお話ししたとおり、スタンフォードの授業でも、受賞者らの理論に基づいて、受賞者ら以外の研究者の論文がしょっちゅう紹介されます。授業を行う教授自身も、RCTの積極的な活用を進めています。これは当面の経済学のトレンドであり続けるものだと思います。

…と、ここまで、なんとなく「RCTを使えば何でもわかる」かのように書いてきてしまったかもしれませんが、以前の記事教育に「魔法の杖」はない…と書いた通り、「RCT」と書いてあれば何でも信用できる、新しいことが分かる、というわけでは全然ありません。これは受賞者自身も認めていることです。

功績その1で「スピルオーバー」を紹介しましたが、他にもRCTがうまくいかないケースはたくさんあり、教育関係ではこの点は特に重要だと思っているので、次回はそれをご紹介しようと思います。(ちなみに、2015年にノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートン教授は、「RCTを神格化するな」という趣旨の論文を書いています。ノーベル賞級の学者の中でも、まだまだ意見の対立はあるようです。)

また、受賞者らの発見の中には、「行動経済学」と呼ばれる分野の発見を活かしたものも多くあります。行動経済学は「人間はみんな、同じような不合理さを持っている」(たまには不合理なことをする、とかではなくて、同じ時に同じように不合理にふるまう)というところから始まった学問で、経済学の伝統的な理論を補ったり改善したりするものとして、急速に発展しています。

昔から関係する本はたまに読んでいたのですが、今学期、まさにその行動経済学の発見についてディスカッションするという授業を取っていて、とても面白いので、その内容も今後まとめたいと思います!


また気づけば1万字を超えてしまいましたが、最後までお読みいただいてありがとうございます。Twitterはもちろん140字で済んでいるので、ぜひフォローお願いします!笑…


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