女性家族部は本当に「歴史的使命を果たした」のか? 尹錫悦次期大統領の公約に揺れる韓国
※イメージは女性家族部HPのトップページ。「ちがいを尊重し、共に生きる社会をつくります」と書いてある。
尹錫悦(ユン・ソクヨル)次期大統領が公約として掲げてきた「女性家族部廃止」は、現在韓国においてもっともホットな政治的イシューになっている。
○女性家族部の存在意義
そもそも女性家族部とはどのような政府部署なのか。金大中(キム・デジュン)政権期の2001年に誕生した女性部がその前身にあたる。当時は女性政策を担当する部署であったが、2005年にはそれまで保健福祉部が担当していた家族政策が移譲され女性家族部となる。李明博(イ・ミョンバク)大統領時代の2008年には家族政策が外され再び女性部となるが、2010年には家族政策が戻されるだけでなく青少年政策も移譲され女性家族部として復活、現在に至っている。つまり、女性に関する政策だけでなく家族政策や青少年政策も担当する部署ということになる。
女性家族部は政府部署の中でもっとも規模が小さい。それは予算を見ればよく分かる。2022年度の政府予算607兆7000億ウォンのうち、女性家族部に割り当てられた予算は1兆4650億ウォン、全体の0.24%にすぎない。さらにそのうちの61.9%が家族政策、18.5%が青少年政策に使われ、女性政策に割り当てられるのは7.2 %である。「反フェミニズム」を前面に押し出し選挙戦をたたかった尹次期大統領が掲げた公約が「女性家族部廃止」だが、予算規模を考えるとそれほど女性政策に偏重しているとは思えない。
もっとも小さい政府部署ではあるが、女性家族部は社会的弱者にとっては無くてはならない存在だ。尹錫悦の当選後、女性家族部がなくなると自分の生活が立ち行かなくなるのではと危機感を募らせる女性が少なくない。例えば、女性家族部はひとり親世帯を対象に月25万ウォンの児童養育費を支給している。わずかな金額ではあるが、当事者にとっては命綱ともいえる大事な生活費である。また、貧困世帯の未成年女性のために無料の生理用ナプキンを支給するのも女性家族部の事業だ。その他にも、育児を終えた女性の再就職を支援するのも、近年大きな社会問題となっているデジタル性犯罪から被害者を守るのも、女性家族部傘下の組織である。困窮する女性を経済的に支援したり、差別や暴力から女性を守るといった役割が女性家族部にはあり、それが社会的弱者の女性にとってのよりどころとなっているのである。
○「構造的差別は存在しない」?
尹次期大統領はことあるごとに「構造的差別は存在しない」と発言してきたが、これは客観的に見て誤りだ。前回も触れた通り、韓国はいまだに女性差別が深刻な国である。英国エコノミスト誌が発表した今年の「ガラスの天井指数」で韓国は29カ国中最下位であった。最下位に甘んじるのはこれで10年連続である(ちなみに日本も不動の「下から二番目」である)。それにもかかわらず尹次期大統領は13日の記者会見においても「歴史的使命を果たした」として改めて女性家族部廃止する意向を明らかにしている。さらに文在寅大統領の掲げた、長官のうち30%を女性にするクォータ制も廃止するとした。
女性家族部の在り方については、保守派だけでなく進歩派からも批判がなされることもある。つまりまだまだ改善の余地があるということだ。そのため「女性家族部の在り方を変える」といっても、直ちに女性差別であると断じることはできない。女性家族部を廃止、もしくは改編し、さらに性差別の撤廃と女性の社会進出を進めるような部署に強化することも可能だからだ。
ただし、尹次期大統領は、「女性家族部を廃止する」というのみで、その後の具体的なビジョンについてはまだ明らかにしていない。女性家族部の廃止とともにこれまでの政策そのものも無くなってしまうのではないかと憂慮する声がおこるのもそのためだ。「女性家族部廃止」の公約が、むしろ20・30代の女性たちが李在明(イ・ジェミョン)候補に投票する契機となったことについては前回も触れた。そのため政権与党となる「国民の力」からも公約の見直しを求める声が出始めている。それでも尹次期大統領は現在のところ頑なな態度を崩していない。
○差別をなくすのは女性家族部だけの仕事ではない
女性家族部を巡る論争は今後も活発に展開されると思われる。なぜならば、この論争の背景には韓国社会の抱える構造的な問題があるからだ。3月15日に放送されたラジオ番組「キム・ヒョンジョンのニュースショー」では、とても興味深いデータがいくつも紹介された。例えば、あらゆる年代・性別の中で18~24歳の男性がもっとも「女性家族部廃止」を支持するとともに、経済成長政策に対する支持度も高いという。一方で、18~24歳までの女性は女性家族部の廃止に最も否定的なだけでなく、福祉政策への支持が最も強いという。全体的に見ても、比較的年齢の若い男性ほど経済成長を望みながら「女性家族部廃止」を支持し、比較的若い女性ほど福祉の充実を望みながら「女性家族部廃止」に反対していることがわかる。
こうした傾向は地図のうえでも明らかになる。女性家族部の廃止を求める声の強い地域を赤く色分けすると、ソウルが真赤になってしまうのだ。これは20代の若者が少ない雇用を巡って熾烈な競争を強いられていることを表している。20代の男性にとって同年代の女性は蹴落とすべきライバルと映ってしまうのだ。番組に出演したプロデューサーは「就職難が性差別を煽っている。この問題を解決すべきは経済政策を管掌する部署であるべきだ」といった趣旨の発言をしていたが、まったくその通りである。
「反フェミニズム」を掲げて大統領に当選した尹次期大統領に対しては、社会的分断を煽ったとして批判も多い。彼は今後も競争に煽り立てられる男性たちを取り込もうとし続けるのだろうか。国民統合という言葉が彼とその周辺から聞こえてくるが、そのためならば不安や競争を煽り立てるのでなく、差別解消に向けた政策を推進していくべきであろう。
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