
肥満論:グレリン──食欲増進ホルモンと睡眠
胃で分泌される「グレリン」というアミノ酸結合物には、摂食を促進する役割があるとする研究結果を、日本の宮崎県の研究グループが英科学誌『ネイチャー』(M. Nakazato et al., Nature, 409, 194-198, 2001)に発表した。
既に、一定程度摂食した後には脂肪細胞から分泌され血液中を流れて、脳の視床下部に「もう食べなくても良い」という、いわば食欲抑制の情報を伝える「レプチン」というホルモン物質があるということについて言及したが、さらに逆に食欲増進の情報を伝えるホルモン物質である「グレリン」の発見も画期的な出来事であると言って良い。
これまで成長ホルモンの分泌制御は視床下部によることが知られていたけれど、この研究はそれとは別に新しい制御系がある可能性を示したものだ。
これは食欲の制御にも関わっており、研究グループは、このホルモンをラットの脳室内に投与すると摂食が促進されて体重が増加することを確認したそうだ。そして逆にグレリンにくっつく抗グレリン抗体を投与すると摂食が強く阻害されることも発見した。この効果は遺伝的に成長ホルモンを欠くラットでも見られたと云う。さらに詳しい分子レベルの解析からグレリンが脳内神経で摂食制御に深く関わっていることを証明した。
興味深いのは、「レプチン」と共にこの度の「グレリン」の発見によって、拒食症や過食症、あるいは肥満症が、内的にしろ外的起因(引き金=トリガー)にしろ、ある種のホルモン変化・異常の結果であり、ホルモンを適切に調整すれば、それらの‘病気’も治癒される道が拓かれたということである。報道によると、すでに人間に応用する臨床実験に入っており、将来新薬が生産され実用化されるかも知れない。(食いしん坊の正体見つけた!? 食欲促す物質 宮崎の研究者ら英誌に発表『西日本新聞』)
ただし、薬による安易なホルモン調整によって、体に悪影響が出ないか十分に注意する必要がある。避妊ピルの利用に関して賛否両論があるが、それ以上に安全性に問題があるだろう。
また、米国のテレビABCのニュースで、睡眠と肥満の関係についてコロンビア大学の研究結果が報じられた。それによると──
「ある研究で睡眠こそ体重管理の重要な要素だと報告された。被験者の睡眠を2晩連続、4時間に制限したところ、10時間睡眠の時に比べて、食欲が24%増加し、糖分、塩分、でんぷんの多い食品を渇望した。血液検査で渇望の原因が判明した。すなわち、睡眠不足によって、食欲をコントロールするホルモン──レプチンとグレリンのバランスが崩れたことが原因だった。」
睡眠時間が短いほどレプチン (食欲抑制ホルモン) の血中濃度は低く、グレリン (食欲増進ホルモン) の血中濃度は高くなる傾向がみられ、このことが、睡眠不足が肥満の素因となる機序の1つと考えられている。 介入により睡眠時間を短縮した場合、体重の増加及びエネルギー摂取量の増加が認められた。睡眠不足でグレリンが分泌されると、高脂肪・高カロリーな食べ物を求めやすい傾向に人はなるという。
いずれにせよ、‘肥満恐怖’のあまり、安易に薬などで食欲 (空腹感)を抑制することは、身体の正常な生理的反応を混乱させ、悲惨な摂食障害を引き起こすことにもなりかねない。生兵法は大怪我の元だ。
それよりも十分な睡眠を確保することによって体のホルモンバランスを整える健全な生活習慣を身につけることこそより良きダイエットには重要なのである。
(つづく)