キラキラの森を喰む 【だいたい2000字小説】
えみちゃんが、茎を伐採して捨てた。
捨てちゃうのと聞くと、だって美味しくないんだものと答える。
良い出汁が出るらしいよ、美容にも良いんだってと言いかけてやめた。
えみちゃんは、下だと思ってる人間から意見されることを嫌う。
ひと回り離れた姪っ子の私だって、例外じゃない。
沸騰した片手鍋に、塩が少々、バラバラとブロッコリーが落とされる。
ふさ?のところが上になって、密集してて、まるで小さな森だ。
「なに見てるの?」
赤とピンクの薔薇がプリントされたエプロンに手を拭きながら、えみちゃんが、私のスマホを覗き込む。
「この前始めたSNSだよ」
あー、とえみちゃんは興味無さそうに鍋に視線を戻す。
「私が学生の頃は、青いのが始まったばかりだったな」
「鳥の?」
「違う違う、もっと青の。アルファベットのほう」
あー、と答えながら、私はハートマークをタップする。
えみちゃんは、菜箸でブロッコリーを所々つついた。
「いろんな職種の人と繋がることができて楽しいからさ、つい夢中になって、講義中もチェックしてたのよねー。
外はこんな広いのに、私は講義棟のなかで何してるんだろ、みたいな。
大学に通う意味って何って現実迷子なったりして」
「でも、旦那さんとはSNS繋がりじゃんか」
えみちゃんは大学を卒業して、クリスマスケーキくらいにケッコンして、それからずっとセンギョーシュフだ。
「そこなんよ。こんな生活、ロウチョウカンエンよ」
「ろーちょーかんえん?」
「籠鳥檻猿。籠の中の鳥、檻の中の猿。息苦しくて嫌になっちゃう」
「そんなこと言ってたら刺されちゃうよ」
ガレージには、青と白のロゴを掲げた外車が停ってる。
えみちゃんが自由に使えるようにって、旦那さんが昨年買ってくれた車だ。
運転してるの、見たことないな。買い物行く時くらいかな。
えみちゃんの言葉聞いたら、旦那さんも車も泣いちゃうだろうな。
えみちゃんは、茹で上がった順にブロッコリーをザルに上げると、
冷蔵庫からサラダの袋を取り出して白い大きめのボウルに開けた。
やっぱ、森だよね。
そんなことを思いながらザルに乗ったブロッコリーを見てると、
その下の片手鍋の中に、褐色の影が見え隠れしてた。
鍋にゆで卵も入ってたなんて、知らなかったよ、私。
ガツンと慣れた手つきで殻を割ると、えみちゃんは、ゆで卵をむき始めた。
えみちゃんの指示で、ボウルのサラダの上にブロッコリーを移す。
あんた、色気ないわねと、えみちゃんは、ブロッコリーを山なりに整えた。
私は、ふんとそっぽを向いた。制服のスカートが揺れる。
えみちゃんは、左手に持ったザルの中でゆで卵を崩した後、
それを右手に握ったスプーンで漉していく。
ザルの下で、野菜たちが、白と黄色の化粧を纏う。
「なんかお洒落だし」
でしょ、と笑うえみちゃん。
きっと、学生時代のバイト先だったカフェで盗んだ小技だな。
「“木を見て森を見ず”にならぬようって言われるけどさ、
最近は、情報が溢れてて、森ばっか見て木を忘れないでーって思っちゃうよ。
あんたにも私みたいな思いしてほしくないし」
大丈夫、私にはJKブランドがついてるから、なんて言ったら睨まれるから言わない。
でもね、それも3月まで。
もうすぐで終わっちゃう。
私もえみちゃんみたいに、なんとなく大学に通って、なんとなくケッコンして、子供いるかないらないかなまだいいかなとか言いながら、一日中お家の中で過ごす生活するんだろうか。
いや、しないな。多分しない。
だって、世界は広いし。私は、自由だし?
「さて、旦那っちに送らないと」
わざとらしく独りごちたえみちゃんは、サラダのボウルとポトフの鍋をダイニングテーブルの日当たりの良いとこに並べてスマホで写真を撮る。
あとでその写真をアップするの、知ってるよ、私。言わないけど。
私のフォロワー数、えみちゃんの100倍いるし。
食べて帰ったら?お姉さん、まだ仕事でしょ。
そう言って、えみちゃんは、サラダとポトフを私ひとり分よそってくれた。
じゃがいもと人参と玉ねぎが沈んで、ウインナーが立ってるポトフ。
ブロッコリーの茎はいない。
コンソメの良い匂いに我慢できなくて、いただきますとスープを口にする。
……なんか味気ないんだよなぁ。
自分で作るわけじゃないから、大きな声では言えないけど。
私は、サラダにドレッシングをかけて、ブロッコリーにフォークを刺した。
夕陽を受けてキラキラしてる。悪くない。
そのまま口まで運んだ。咀嚼する。青臭い。でも、美味しい。
ビタミンたっぷりでお肌にも良いらしいし。
えみちゃんには絶対必要だよ。
旦那さんに連絡するみたいにスマホを弄るえみちゃんの口元に、
うっすらとほうれい線が伸びている。
えみちゃん。
私は、ブロッコリーの茎まで食べたいの。食べた方がいいと思う。
ちゃんと食べ尽くしてみなきゃ、わかんないよ?
おわり