ICM入門編
0. このnoteの位置づけ
このnoteを書こうと思ったのは、ポーカーの勉強会をしていて、国内大型大会の上位入賞者でもICMを全く知らない人が大半だと知ったことがきっかけです。5月末から始まるWSOPをはじめ、海外に挑戦する日本のプレイヤーたちに少しでもいい結果を残してもらえるように、日本語で簡単にICMを学べるコンテンツがあるといいなと思い、まずは友人への説明用に作成しました。(ほぼGTO wizardのBlogを翻訳しただけ🙊)
まず、海外の大型大会やオンラインなどITMが上位15%の大会ではICMがプレーに与える影響がITM率が低い国内の大型トナメと比べて非常に大きくなります。そしてこのフィールドでICMを知っているのと知らないのではROIが5%以上変わります。(プライズストラクチャによっては10%以上変わります)
今後、具体的なICM下での戦術についてのnoteを出す予定ですが、まずはICMがどういうものなのかを、少しでも多くの人に知ってもらいたいという気持ちで本noteを公開してます。GTO wizardのBlogをベースにしてますが、もし内容が間違っているところや疑問点があれば教えていただけますと幸いです!
1. ICMとは
ICMとはIndependent Chip Modelの略で、トーナメントのスタックを賞金の期待値に変換する数式です。この公式は、1987 年にアメリカの Mason Malmuth によって初めてポーカーに導入されました。簡単に言うと「トーナメントの途中で自分のスタックを他人に全部売れるとしたら、一体いくらで売れるの?」を教えてくれる数式です。モデルは各プレイヤーのスタックサイズから、そのプレイヤーが各順位で終了する確率を求めます。そして各順位でもらえる賞金とその確率から、その時点でのトーナメントの期待値 (金銭的価値) を算出します。(詳細は3章)
2. なぜICMが重要?
キャッシュゲームでは、全てのチップに金銭的価値があり、チップ量は金銭的価値に比例します。つまりスタックを 2 倍にすると、スタックの価値も 2 倍になります。(当たり前!🤷♂️) 一方で、トーナメントでは、チップ量は金銭的価値に比例しません。スタックを 2 倍にしても、スタックの価値は 2 倍になりません!スタックを2倍にしても賞金の期待値が2倍にならないからです。こうなるとチップの価値を金銭的価値に変換する数式が必要になります。みなさんの原体験でもあると思いますが、バブルラインでカバーされている相手からPreflop All-inを受けて、「たぶんEQは50%以上あるんだけど、Callして負けてたら飛び。少し待ってたら他のショートが飛びそうだけどCallしてもいいのかな…🤦♂️」これに答えてくれるのがICMです。そして、ICMを使うことでこの時のチップの増減の期待値 (chipEV) を賞金の増減の期待値 ($EV) に変換し、金銭的価値に基づく意思決定が可能となります。
3. ICMの計算方法
まず大事な前提として、ICMでは全てのプレイヤーのスキルは同じだと仮定し、各プレイヤーの勝率はスタックサイズのみに依存します。ICM は、各プレイヤーが 1位、2位、3位などで終了する確率を計算し、その確率に各順位の賞金を掛けます。
特定のプレイヤーが 1位になる確率を計算するには、単にそのプレイヤーのチップをプレイ中のチップの合計額で割るだけです。 ただし、2番目, 3番目で終了する期待値を計算するのは少し複雑で面倒な計算が必要になります。
以下に具体例を用いて説明します。
具体例) 計算方法
A、B、Cは 3人で トーナメントをプレイしています。スタックと賞金は次の通りです。
まず、各プレイヤーが優勝する期待賞金を計算します。各プレイヤーの優勝確率は (保有スタック) ÷ (総スタック)で簡単に算出できます。優勝確率は保有スタックに比例します。優勝確率に優勝した時の賞金$1200を掛けると優勝する期待賞金が算出できます。
次に各プレイヤーが2位になる期待賞金を計算します。正直、手動で計算するのはめんどくさいです。(読み飛ばしても大丈夫)
プレイヤー1人が優勝したと仮定し、優勝賞金とそのプレイヤーのチップをプレイから取り除く
残りのプレイヤーの保有スタックとプレイ中の残りの総スタックで2位になる期待賞金を計算する
各プレイヤーが優勝するシナリオで1.2.を繰り返す
それぞれの結果に、その各シナリオが発生する確率を掛ける
次に、2 位になる期待賞金に各シナリオの確率を掛けます。
具体例) 計算結果
最後に各プレイヤーの優勝と2位の期待賞金を足して、その時点でのスタックの金銭的価値が求められます。この時点でAさんは$829でスタックを売って利確することができます!
ここまで計算してわかる通り、プレイヤー数が増えるに従って、計算量が指数関数的に増えていきます。それなので、実際のトーナメントのプレー中にICMを計算し、意思決定に繋げることは不可能です。だからこそテーブル外でICMを研究することで、ICMがプレーに与える影響を理解し、経験則としてプレーに反映することで他のプレイヤーと大きく差をつけることができます。
無料のICM計算ツールもあるので計算結果とともに添付しておきます。
https://www.holdemresources.net/mttcalculator
4. 実戦でどう役立つの?
もしあなたがCさんの立場でBB 6bb持ち (SB/BB=25/50)、BTNのBさんがFold、SBのチップリAさんからのAll-inにCallする場合にはどのくらいリスクが伴うでしょうか。それぞれのプレイヤーがAll-inに勝利した場合のスタックを先ほどのツールに入力すれば簡単に算出可能です。
この結果から分かる通り、Aさんは$177を獲得するために$190をリスクにさらしている。 一方で、Cさんは$234を獲得するために$336をリスクにさらしています。ハンドを開く前からすでにCさんはAさんより多くの期待賞金をリスクにさらしているため、Callを正当化するためには非常に強いレンジが必要です。これにより常にチップリが有利になり、全員がタイトになるためスチールが増えます。
5. リスクプレミアムとは
このICMの計算に基づくと、プレイヤーの獲得するチップは失うチップよりも価値が低くなります。これはトーナメントに参加するすべてのプレイヤーに当てはまります。ここで発生する追加のリスクが「リスクプレミアム」です。これによって単純なChip EVの計算結果に追加してリスクを考慮してプレーする必要がでてきます。4章の例を使用して、SBのAさん (20bb) のAll-inに対するBBのCさん (6bb) のリスク プレミアムを計算してみます。
単純なポットオッズの計算だと、キャッシュゲームと同じなので、5bb/12bb=41.6%。CさんはAさんのレンジに対して41.6%のエクイティを持つハンドでCallする必要があります。
しかし、トーナメントにおいて獲得するチップは失うチップよりも価値が低くなります。なので、CさんはFoldのコストとCallのリスクを比較して意思決定しなければなりません。Cさんが①Fold、②Call→Win、③Call→Loseという 3 つのシナリオがあります。それぞれのシナリオで期待値は以下になります。
CさんはFoldすることで賞金の期待値を$291残すことができます。従ってCallすることで、この$291をリスクにさらすことになります。そしてCallして勝つと$570相当のスタックを獲得できます。この金銭的価値でポッドオッズを新たに計算すると、$291/$570=51.1%。つまりCさんがCallするためには、実際には51%以上のエクイティが必要だということです。ICMプレッシャーにより、Cさんは追加で約9%のエクイティが必要になっており、この追加の約9%が「リスクプレミアム」です。これによりCさんはタイトにディフェンスしなければいけないため、SBのAさんは通常よりかなり広くOpen/All-inし、スチールすることができます。これがトーナメントにおけるチップリの優位性を生み出します。リスクプレミアムは自分がカバーしている相手には小さく、カバーされている相手には大きくなります。🏋️♂️
6. リスクプレミアムを考慮した戦略の特徴
リスクプレミアムもICM同様、プレー中に計算することはできませんが、一般的な戦略の特徴を説明しておきます。詳細な戦略については次回以降のnoteで説明していきたいと思います。
EVが0に近いマージナルなスポットは避ける。chip EVのプラスが僅かなスポットは基本的に-$EVとなる
ミディアムスタックはリスクプレミアムが最も大きくなる傾向にあるため、タイトにプレーする
自分がビッグスタック (特にテーブルでチップリ) の時はレンジを広げて、ミディアム・ショートスタックに圧力をかけ、スチールを増やす
(チップを獲得するメリット) < (チップを失うデメリット) が常に成り立つ
大きなプライズジャンプは大きなリスクプレミアムを生み出す
大きなプライズジャンプ前でかつ、飛ぶ寸前のプレイヤーがいるときのリスクプレミアムは非常に大きくなるので、かなりタイトにプレーする (※チップリは除く)
キャッシュゲームに比べてタイトにプレーする (※AntiによるRangeの広がりは除く)
7. ICMの限界
ICMは純粋な数学モデルのため下記の制限があります。その制限を克服するために代替モデルがありますが、複雑になるのを避けるため今回は割愛します。「こんな制約があるんだ」くらいに思っておいてもらえば大丈夫です。
全てのプレイヤーのスキルが同じだと仮定している。実際はスキルが高いプレイヤーが存在し、その人の勝率が高くなる
参加人数が多い、大規模なトーナメントだと計算量の制約でそもそもICMを計算できない
プレイヤーのポジションを考慮できておらず、しばらくブラインドを払わなくていいBTNなど明らかに有利な状況が反映されない
チップリーダーの優位性が過小評価されてしまう。チップリーダーになった後に、チップを稼ぎやすくなるため勝率が増加するがICMでは考慮されていない
ICMではブラインドアップを想定していない
8. まとめ
長々と複雑なことも書いてきましたが、言いたいことは「トーナメントは生き残ることに大きな価値があるからスタックを大事にしろ!」です。
ICMを学べば、トーナメントのROIを最大化できますし、ポーカーの奥深さやトーナメントの経過と共にダイナミックに変化する戦略など新しい面白さに気付けると思います。
次回のnoteではICM及びリスクプレミアムがPreflop Rangeに与える影響とPreflop以降の具体的な戦略についてまとめていきたいと思います。
今回インフルエンザ中に作業したのもあって、ほぼ翻訳しただけでもかなり大変だったので、応援のコメント待ってます。あとこんなnoteを最後まで読んでくれるような熱心な人には、ぜひ一緒にICMスポットの勉強していただきたいなと思います。座学仲間も絶賛募集中なので、TwitterでDMいただけると嬉しいです。これからもよろしくお願いします。
9. 参考文献
https://blog.gtowizard.com/icm-basics/#how_leverage
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