見出し画像

褒め雄先生

四年生の担任は、他の学校から転任してきた先生だった。転任の先生なので、どんな先生なのか情報がなく、ぼくらは少し緊張していた。背は低めで少しだけ肉付きが良く、七三にきっちり分けられた髪と、青々とした髭の剃り跡が印象的だったが、自己紹介をした声がとても良い声で、見た目とのギャップに驚かされた。音楽の先生だと知り、道理で、と納得した。先生は「ぼくはみんなのことを『さん』も『くん』も付けずに下の名前で呼ぶからね」と、良い声で高らかに宣言した。三年生の時は、苗字に「さん」付けで呼ばれていたので、違和感があった。前の学校でもそうしていたのだろうが、張り切っている感じがしてこちらが照れ臭かったし、急に距離を縮めてくる感じが、少し苦手だった。

ある時、音楽の研究授業があった。外の学校から集まった教師たちがいるので、子どもながらに何かかしこまった雰囲気を感じて、落ち着かなかった。先生は、その頃授業でやっていた「春の風」という童謡を、誰かに歌ってもらおうかな、と言った。そして少し間を置いてから、ぼくの下の名前を呼び、歌ってみよう、と言った。よりによって、研究授業で。先生はいつもタクトを持っており、その日も、最初の音出しをした後で、タクトを小さく軽快に振りながら、いちにーさん!と、ぼくにキューを出した。「春の風」は、歌い出しが「ルルルルールル」という、歌詞であって歌詞でないようなスキャットのようなもので始まる歌で、それがまた恥ずかしさを助長した。そして、一番の終わりに、二番を歌うような促しのカウントを入れ、二番の終わりには三番を促すカウントを入れ、結局、ぼくは伴奏もなく、先生のタクトだけに誘導されて、三番まで歌った。ぼくは春という、何か新しいことが始まる季節、色々な植物が香り始める季節がとても好きだが、「春の風」だけは好きではなくなってしまった。

ぼくは音楽よりも図工が好きで、特に絵を描くのが好きだった。図工の授業で、下書きをせずにペンを使って友だちを描く、というものがあった。小学校の先生は全教科を教えていたので、その授業も同じ担任の先生だった。下書きをしても、子どもの描く絵などはバランスが崩れているものだから、「ならでは」の面白さみたいなものが狙いにあったのだと思う。ぼくは、少し離れて斜め前の方を向いている友だちを描き始めた。自分でも驚くほど躊躇なくペンが動き、そして、驚くほど短時間で上手く描き上がった。クラスメイトが集まってきて、ぼくの絵を誉めそやした。やがてその騒ぎを目にした先生もやってきて、これは上手だな、と言った。先生はその絵をとても気に入ったようで、自分にくれないかな、と言った。ぼくは、いいですよ、と言った。

先生には、少し風代わりなところがあった。風邪などで休んだ生徒がいると、その生徒のことを褒めるのだ。普段ふざけて怒られてばかりいるような生徒でも「あいつがアイスホッケー好きなのはみんな知ってるだろ? 一回練習を見に行ったことがあるんだけど、あんな真剣な顔で一生懸命やってるあいつを見たことがなかったよ。いつもふざけてばっかりだけど、あいつくらい情熱のあるやつは他にはいないんじゃないか?」とか、「あいつはお母さんが働いてて、2人の小さい妹の世話は、あいつがやらないといけないんだよ。だからいつも早く帰るだろう? 妹たちの世話が終わってから勉強したり本を読んだりしてる。それなのに、あいつの成績が良いのは、みんな知ってるだろ? いつもすごい努力をしているんだよ」とか。

ぼくは幼い頃小児喘息で、よく学校を休んだ。ぼくが休んだ時、先生はぼくの何を褒めてくれたのだろう? 「春の風」を三番まで歌い切ったことだろうか。それとも、友だちの絵をペンで上手く描けたことだろうか。

そういうことをする先生の意図は分からず、ただの人気取りなのかもしれないし、面と向かって誉めないことで、子どもを調子付かせ過ぎないようにしたのかもしれないし、或いは先生の照れだったのかもしれない。でもどんな理由であれ、人を褒めることの意味を、ぼくはその時にかなりはっきりと理解したのではないかと思う。先生としては最後まで苦手ではあったけれど、大事なことを教えてくれた先生である。

いいなと思ったら応援しよう!