ノリくん
転校してきた時から、ノリくんは何となくイヤなやつだった。挨拶が妙に堂々としていて、みんなよろしくな!というような太々しさがあった。転校生にあるべきはずの遠慮のようなものが感じられなかった。何をしても許される、とか、そんな類の傲慢さが漂っていた。
ノリくんの家はぼくの住む社宅の向かいに立つ瀟洒なマンションで、子どもにはマンションと社宅の区別などつきもしなかったが、お金持ちだなというのは、どこかで感じ取っていた。ノリくんの家に遊びに行くと、いつもいい匂いがした。ノリくんは一人部屋を与えられていて、いつも兄弟と同じ部屋だったぼくには、夢のような部屋だった。部屋のドアは白く、外車のポスターが貼ってあった。机はとても広くて、棚には、ピカピカに磨かれた、金色の飛行機の模型が飾ってあった。ノリくんは、いつもその模型を手にしては、専用の布で丁寧に磨き、元の場所に置くのだった。お父さんがパイロットだったのかもしれない。お母さんは綺麗な服を着て、丁寧な言葉遣いで、ノリくんのことを「さん」付けで呼んでいた。出てくるお菓子も見たことのないようなものばかりだったし、飲み物はいつも紅茶だった。家でのノリくんは、お母さんに対しても偉そうで、お母さんがぼくと話しをしていると、「早く出ていってくれよ」などと言って、追い払ったりした。
おかしなことに、そんなお金持ちのノリくんは、よく、外に落ちているお菓子を拾って食べたりした。ぼくたちは、汚いし毒が入っているかもしれないからやめなよ、と注意したが、ノリくんは聞こうともしなかった。かっぱえびせんを拾って食べた時は、「試しに口に入れてみたら、食べたくなくても勝手に段々溶けていくんだから仕方ないだろ」と屁理屈を言ったりした。
ある時、糸巻き車を作ろう、ということになった。糸巻き車とは、糸巻きの穴に輪ゴムを通して、片方を、短い棒で糸巻きの丸い側面に固定し、もう片方を長い棒に通して、ゴムと長い棒を固定し、その棒をグルグルと回してゴムを巻くことで、それが動力となって車のように動くおもちゃだ。シンプルな作りのおもちゃではあるが、長い方の棒と糸巻きの側面との摩擦で上手く動かないことが多く、巻き加減を調整したり、糸巻きの側面にロウを塗って滑りを良くしたり、様々な工夫を施して、上手く動くようにするのが醍醐味だった。ぼくとノリくんはそれぞれ材料を用意して作り始めたものの、案の定、中々上手く動いてくれなかった。そのうちノリくんは飽きて、ぼくが工夫をするのを見ていた。そして、遂にぼくの糸巻き車がとても軽快に動くようになった。ぼくは大喜びで何度か走らせてみた。ノリくんは、それが面白くなかったのだろう。走っている糸巻き車を乱暴に掴み、笑いながら壊してしまった。
ピカピカの飛行機を専用の布で磨き、落ちているお菓子を食べ、人の成功を笑って破壊したノリくん。君がもし今、パイロットになっているのだとしたら、いつか偶然、君が操縦すること飛行機に乗ることがあるかもしれないと思うと、ぼくは飛行機に乗るのがとても怖い。