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初恋

クラス替えがあって、今まで知らなかった子たちと同じクラスになる。そこで友情が芽生えたり、気に入らない奴を発見したり、気になる女の子の存在を知ったりする。女子の中でも男子の中でも、新しいグループができ、男女の人気者のグループ同士が、どこか半目し合いながらも、意識し合って、一緒に遊んだりするようになる。6年生になって、ぼくは人気者のグループの一員となった。ぼく自身は人気者でもなんでもなかったが、人気者と少し仲が良かったから、という理由で一緒にいた、というのが正しい。人気者の女子グループの中は、活発でお喋りな子たちと、割と静かでしっかりした子との二つに、やんわりと分かれていて、その静かな方の中に、髪がくりくりとして、健康的な肌の色をした女の子がいた。

昼休み、ぼくらはドロボウと警察をして遊ぶことが多かった。誰が言い出すわけでもなく、体育館に集まって、グループ分けが始まった。男子と女子で別々にじゃんけんをして、ドロボウと警察を決め、男女混合のチームをそれぞれに作った。6年生にもなると、男子と女子の体力の差が少しだけ出てきていて、男女でチームを分けてしまうと、不公平になってしまうからだった。その子が警察でぼくがドロボウだった時も、その逆の時も、或いは2人ともドロボウだった時も、そして警察だった時も、いつしかぼくはその子を探すようになっていた。同じチームの時は偶然を装って近くにいるようにして、ぼくが警察でその子がドロボウの時は、まずその子を探した。ぼくがドロボウでその子が警察の時も、わざと近くを通って、見つけられては逃げる、というようなことをした。そして、教室に戻る廊下で、あの時おれのことを全然捕まえられなかったとか、捕まえられたけど逃してあげたんだとか、他愛もないことで、その子をからかった。その子はいつも昼休みの余韻を少しだけ残しながら、笑って言い返したりした。

冬になり卒業が近くなると、その子が私立中学に行く、という噂が流れ始めた。私立には全く縁のなかったぼくは、私立中学とは何なのかはっきりと分かってはいなかったが、医者の子どもや家が裕福な子が行くところで、どうやらぼくらの殆どが行く、小学校のすぐ近くにある中学校ではないところに行くんだな、ということだけは分かった。「私立中学」という響きは、小学生にさえ隔たりを感じさせるような力があって、ぼくはそれまでのように、その子に軽口を叩いたり、からかったりすることができなくなった。心のどこかで、遠くに行ってしまうんだなぁ、違う世界にいってしまうんだなぁ、という、持って行きようのない諦めと、私立を選んだことに対する漠然とした憤りのようなものを、ぼくは勝手に感じていた。

ところが、中学に上がった春のある日、ぼくは学校の廊下で、友だちと話をしているその子を見つけた。紺色のブレザーにエンジ色のリボンが、とても良く似合っていた。その子もぼくに気付いて、あ、という顔をした。その子は友だちの輪を外れて、ぼくに近付いてきてくれた。私立に行ったんだと思ってた、とぼくは言った。行かなかったの、とその子は少しはにかむように言った。行かなかったのか、行けなかったのか、ぼくは知らない。そんなことはどうでも良くて、一緒の中学校にいることが、ただ素直に嬉しかった。ドロボウと警察はもうやらないな、中学生だもんな、と、ぼくは思った。

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