Wonderwall(ショートストーリー)
「ねえ、Wonderwallってどういう意味?」
oasisの名曲を聴きながら、僕の膝に頭を乗せてまどろむサキはそう訊いてきた。
「うーん、曲がカッコよくて好きだけど意味は分からないな。wonderとwallで不思議な壁?…なんだろうね?」
誤魔化す様に、僕はサキの髪を撫でた。
サキは少しがっかりしたような、けれど僕に撫でられて嬉しそうな、なんとも判別がつかない横顔だった。
春めいた陽射しが、南向きの窓から差し込む。
冬が終わりに近づいていた。
いつまでも、この曲を聴きながらサキとこうしていたい。
優しく、言葉の要らない穏やかな時だった。
その春に、僕は社会人になった。
2歳年下のサキは、相変わらず学生生活を謳歌していた。
慣れない業務、人間関係、責任。
そして度重なる職場の飲み会。
いつの間にか、サキと僕は一緒にいなくなった。
どちらからともなく、関係は終わった。
それから何人かの女性と付き合った。
同期に連れて行かれた合コン、職場関係のつながり。
出会い方は色々だった。
けれど、僕は申し訳ないと思いながらもいつも彼女たちをサキと比べていた。
サキと違って、音楽の趣味が合って一緒にライブやフェスに行くような子が彼女だったこともあった。
同じ音楽が楽しめるのに、何故かサキとWonderwallを聴いたあの日の様な気持ちは味わえなかった。
身を固めることもなく、会社でも中堅になりかかった時に、大学の友達からサキが結婚したと聞いた。相手は、サキの大学の同級生でちょっと面識があった。
あれから10年。
時は確かに流れている。
僕はこの10年、何をしていたのだろう?
寒々としたコンクリート造りのデザイナーズマンションの一室に帰宅する。
サキは、あまりこういう無機質な部屋は好きじゃないような気がする。
サキは、もっと有機的な「生」を感じる子だった。
もう他の男と結婚する女性を、こんな風に思い出すのは申し訳ない気がした。
けれど、今日だけは許して欲しい。
スマートフォンで、Apple musicを開き、Wonderwallを検索する。
サキと聴いた時は、CDだった。
サブスクリプションを利用しはじめて、スペースの都合でCDは処分した。
確かに部屋はスッキリした。
けれど、失ってはいけない何かを同時に失くしたような空虚感が部屋には漂う。
Wonderwallを聴きながら、僕はふと、サキのあの時の質問を思い出した。
「ねえ、Wonderwallってどういう意味?」
曲を再生しながら、スマートフォンで検索する。
10年越しのサキの問いの答え。
あの頃は、そんなことを調べてサキに教えるのはいつでもできるとさえ思っていた。
それくらい、サキは僕の当たり前だった。
ねえ、サキ。
サキのあの日の質問に答えられる日がやっと来たよ。
遅すぎたね。
You're my wonderwall.
サキが僕のWonderwallだよ。
*
未だにWonderwall好きでたまに聞いてしまいます。
年度末なので、年度末っぽいストーリーを。
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