見出し画像

「ほなまた明日」を観た

ネタバレがあります。





テアトル梅田で「ほなまた明日」を観てきた。
写真家志望の女の子が主人公ということで楽しみにしていた作品だった。

「写真撮影はコミュニケーションの手段」だと思った。
主人公のナオは自然と周りに溶け込んで撮影をしていた。
たこ焼き屋の前では近所のお姉さん的なポジションで子どもの心を掴みながら撮影をしたり、アイスを頬張るおじさんに「おれなにやってるんだ?」とノリツッコミをさせてるかのように楽しませて撮影をしていた。
写真は撮る撮られるの一方通行ではなく、会話のような双方向のコミュニケーション手段だったのか!と思わず膝を打った。

ナオは当たり前のように大阪の街を自分の足で歩き回り、自分の気になったものを撮影しつづけていく。大阪生まれ大阪育ちの私は、淀川の橋を阪急電車が走るシーンを観て思わず「すぐそこやん」と思ったものだ。

ナオは正直な心の持ち主で、写真撮影を通じて自分と向き合っていた。
写真が大好き!ではなく、写真でなんとかしてやろう!というストイックな向き合い方だ。それ故か彼女の写真は「強い写真」と言われ、周りの友人達からも羨望の眼差しを送られていた。しかし彼女はブレずにマイペースに撮影を続けていき、個展開催という成功を掴む。
だが、そんな彼女にも迷いがあると思ったのがラストシーンだ。
友だちとおしゃべりをしながら渋谷の交差点を渡るだけのシーンだが、彼女はハッと気が付き、立ち止まってカメラを構えて撮影をする。なにかが彼女の心を捉えたのだ。その心を写真に焼き付けようと納得できるまでシャッターを切る。そうしているうちに、友だちを見失ってしまう。
彼女は誰よりも迷っていたのだと思う。そして今も迷い続けている。それでもカメラを構え、歩き続ける。
取り残された彼女が、孤独に見えた。もう誰も彼女を理解できないのだ。

正直に自分と向き合って続けていくって、孤独だと思う。
それでも続けていくことが大切だということを教えてくれる映画だった。

「ほなまた明日」のパンフレット
まるでZINEのようなパンフレットは、
登場人物の使用カメラや俳優さんの撮影した写真、
さらにはシナリオ(!!)まで掲載された超お買い得なパンフレットです。


いいなと思ったら応援しよう!