他人と自分の関わりについて
第二回から、音ゲー関係なくてすみません。着想を得たので、自分の為の記事と思って書いています。音ゲーの話が見たいという人は、また次の機会に…。
スマホを持ち出してから、ネットに触れる機会が増えました。当然、色々な情報が入ってくるようになり、中には自分より凄い人、お金持ちな人、多彩な人、自分が本当はなりたかった姿の人をたくさん見るようになりました。
そういう人たちを見て、凄い!自分も頑張りたい!と思えれば最高なのでしょうが、正直言って自分は毎回そうは思えません。そのようなポジティブな感情の代わりに湧いてくるのは汚れた、淀んだ感情です。
気付けばあの人より出来なくて悔しい、何故自分は出来ないんだ、と自分と相手を比べて劣等感を抱いたり、妬みや嫉みを抱くようになっていました。勿論自分の中で抑えてはいますが。
多分、そのような感情が増えた原因はネットの身近さだと思います。
自分は、今までもテレビで、物凄く賢い人やとても才能がある人、自分より恵まれているように見える人を見ていました。しかしそこには確かに自分とテレビの向かう側に壁があったのです。自分と相手の繋がりが薄かったし、自分と相手のレベルが違いすぎていたので感心することしか出来なかったのです。
それと比較してみると、自分からは、ネットで人を見るときの方がより繋がりは強く感じます。多分殆どの人とは何らか方法で連絡が取れるし、自分よりちょっと上の人を見てしまったときには、自分が下ということをより深いところで認識してしまうのです。
自分は、ネットでの関わりの距離を近く感じるが故に、自分と相手を比べやすくなっていて、その度に自分と他人の差に振り回されていたのでしょう。
だからなんだと言われてもどうにもなりませんが、めちゃくちゃ色々な人に振り回された自分から言えることは、他人と自分にある程度の壁を作っておけ、ということです。
自分に影響を与えてくれる人は必ず必要ですが、大量の人から影響を受けていたら自分が持ちません。この人とは腹を割って話せる、この人なら相談したいと思う、そんなような自分に良い影響を与えてくれそうな人だけ壁を薄くしていけば良いのではないでしょうか。
趣旨がブレブレでしたが、つまり何でも自分と人を比べるべきでは無いということです。この人の影響を受けたいと思ったときだけ、ガードを外せばいいし、わざわざ見る人見る人の影響を受けなくて良いってことです。そうすれば、自分と相手の差に苦しむことも、妬みや嫉みを抱くこともなくなるのかなと思いました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。乱文はどうかご許し下さい。
あとがき(?)
練習も兼ねて、今回は下書き無しで言葉の出るままに書いてみたのですが、なんだか微妙な文章になってしまった気がします。1発書きにしても、1番伝えたいことくらいは考えておいても良かったかなという気持ちです。やっぱり自分には下書きが必要そうです。
結構アドリブで書いた割には、外観は良さそうな文章になったかなと思いますが、文章に線を通すために、伝えたいこと・具体例・伝えたいこととサンドイッチにしても良かったかなと振り返りました。