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【林業の話をしよう】私の仕事は

 昼休憩で思わず寝転ぶと、私の気持ちとは裏腹にあまりにも空が青くて腹が立った。
生理で腹が猛烈に痛くて、子宮は時々つねられているかの如くキリキリする。顔と首にまとわりついた汗を、構わず雑に袖で拭う。
さっきまでチェーンソーを握っていた手はようやく解放され若干痺れて脱力しきっている。リュックを背負っていた背中も汗で湿っていてかなり不快だ。
鳥の鳴き声も風の音も耳には入らず聞こえてきたのは自分の少し上がった息遣いで、山からの景色にはもはや目もくれず心臓の鼓動で私の視界は少し揺れた。
燃料を入れたリュックの重さで肩が痛い。チェーンソーを担いで移動していたので腕が疲労で重い。斜面でバランスを取って踏ん張っていたので脚がだるい。痛くない場所といったら顔面くらいで、首から下はすべて等しく疲れている。
まだ、昼なのに。あと、半日仕事しなきゃ帰れないのに。
ふと、泣きそうになるのは、私が生理だからだろうか。

 序盤からヒィヒィいって恐縮だが、自己紹介がてら説明しておかなければならないことがある。今こんなにつらそうにしている私だが、ここに倒れ込みヒィヒィいえてるのは私が正真正銘のラッキーガールだから、ということだ。

遡ること3年前。
私の不幸はこの言葉から始まった。
「実は……今女の子は募集してなくて」

令和3年、ピッチピチの大学4回生の私は林業の現場作業員を志して就活をしていた。
見学、体験、就業イベントで各社や現場を訪れ、何社の担当者とも話しをした。そこでわかったのは、「女性の働き手」は想定していないという林業会社がほとんどであったということである。なんたる時代錯誤。あっ、男女雇用機会均等法ってまだ適用されない感じですか?
聞くところによると、私が入社したらトイレや着替えなどに気を使い今いる現場の人間が働きづらくなるのではという懸念、肉体労働を女性にどこまで任せていいのかがわからない、など想定外の事態が現場に持ち込まれる、と危惧したようである。いや、知らんがなと思った。
現場におじゃまするとうら若き私に「おっぱいないなー」、「トイレしてる時見に行ってもいい?」などと平気でセクハラ発言をかます年輩の昭和男子もいた。おい、そこのジジイ、○んでよし!

 やってみたかったけど、林業は、自分には難しいのかなと思った。とはいえ私が働きたいと思える場所は山しかなく、奨学金を返す日がもうすぐそこまで迫っていて絶体絶命の状況だった。
しかし捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、就活していた時に知り合った人のツテで和歌山県田辺市にある、とある林業会社を紹介してもらえた。
現場におじゃまするなり「私でも務まりますか」と半泣きで聞くまで自尊心が大暴落している私に班長はあっさり「できるよ」と答えた。私が〜今迷わずかけてほしい言葉No.1〜をあっさり口にしたその人に、私がついていくと決意したのはいうまでもない。

 今思えば、あの時の「できるよ」は魔法の言葉だった。いい意味でも、悪い意味でも。
班長は、できるよという言葉に責任を持った。すなわち、ちゃんと「できる」ように様々なことを根気よく教えてくれた。
私は山のように質問しては、せっかく答えてもらったことに記憶力がまるで追いつかず、大切なことを秒で忘却の彼方に追いやった。同じことを聞いても、班長は怒らなかった。忘れたことに対する嫌味すら一切口にしなかった。むしろ一回目より丁寧に説明してくれている気すらした。
 班長は魔法使いのように仕事ができた。ふわふわっと作業をこなすその姿はまるで力みがなく、無理がなく、素人の私からみてもセンスがあるとみてとれた。班長はよく言った。「この仕事には別に体力も筋力もいらん。地元のおじいたちが何歳になっても仕事続けれてる。それがいい例や」と。
力に頼らず、作業の合理性や効率を「考えて」動くことも幾度となく教わってきた。

私はこの仕事を初めて、本当は何度も諦めかけた。「女に肉体労働はやっぱキツかった」と言い訳して、逃げ出したいと思う日だってあった。しかし、そのハシゴは「できるよ」と言われたあの日から、たぶん外れていた。できる方法がちゃんとあるのだから。わかるようになるまで説明してくれる人がいるのだから。できるようになるまで待ってくれる人がいるのだから。
やっぱり、私は「できる」のだから。

恵まれている。こんないい師匠には私が何度転生したところで巡り会えないだろう。だからこそ、出来ないのが苦しい、しんどい、つらい、不出来な自分が悔しい、情けない。身体がこんなに疲れるのは、頭が使えていない証拠だろうか。何が悪いんだろう。後で聞いてみよう。


遠くからチェーンソーの音が聞こえる。休憩は終わりだ。

立ち上がってみると、体力が回復しているのがよくわかる。
もう一踏ん張りしますかぁ、と伸びをして仕事に取り掛かる。一歩踏み出すと、もう心のモヤモヤも身体の疲れも、すっかり忘れていた。

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高山唯
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