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芸術と牢獄はいつも隣人である 第二部
3.天才パブロ・ラライン
パブロ・ラライン。1976年、チリ・サンティアゴ生まれ。両親は2人とも閣僚経験がある政治家という名家の出身です。弟のフアン・デ・ディオス・ララインはプロデューサーを務めており、兄弟で製作会社Fabulaを運営しています。
2006年の長編デビュー作「Fuga」がカルタヘナ映画祭やマラガ映画祭で賞賛され、転機となったのは2本目の「Tony Manero」(2008)。ロッテルダム、ワルシャワ、イスタンブールなど世界各国の映画祭で賞を受けます。自分は『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタだと妄想する52歳の中年男性の身に起こる不幸を巡る物語です。私が初めて観たラライン作品もこれでした。
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日本で初めて公開された彼の作品はピノチェト退陣のきっかけとなった1988年の歴史的な国民投票の舞台裏を描く『NO』(2012)。一本のCMで世論をがらっと動かす若き広告マンをガエル・ガルシア・ベルナルが演じ、チリ映画史上初めてアカデミー外国語映画賞にノミネートされました。「Tony Manero」、「Post Mortem」(2010)、『NO』は「ピノチェト3部作」と呼ばれています。
ピノチェト退陣時に大学生だった彼は後にこう述べています。「ピノチェト政権は過去数十年間にわたって芸術家を迫害し、文化を破壊した。チリ国民はその責任をとらなければいけない」
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2013年にはプロデューサーを務めた『グロリアの青春』(セバスティアン・レリオ監督, 2013)がベルリン国際映画祭で女優賞を受賞。同年はヴェネツィア国際映画祭の審査員も務め、一躍注目の存在となりました。
2015年のベルリン国際映画祭では『ザ・クラブ』が審査員グランプリを受賞(日本で劇場公開されなかったのが残念! 傑作です)。教区で厄介事を起こした神父たちを隔離している人里離れた教会が舞台です。キリスト教圏ではタブーとなるテーマを扱っているため、出演者には脚本をあらかじめ渡さずわずか2週間で秘密裏に撮影を完了。自宅で編集してUSBメモリをお菓子の空き缶に入れてベルリンに送ったいわくつきの1本でした。
4.ララインの新たな挑戦
そんなパブロ・ラライン監督が2016年に世に放った2本の映画がおおいに世界を騒がせました。1本目は『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』。1971年にノーベル文学賞を受賞した詩人パブロ・ネルーダの謎に包まれた人生を映画化しました。
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実は彼はチリではさまざまな理由からあまり好かれていないらしく(虚言癖と言わないまでも自らの過去を神格化する傾向があったらしい)、勇気のいる挑戦だったとのことです。主演のガエル・ガルシア・ベルナルが演じるのはネルーダではなく彼を追跡していくうちに彼の思想に取り込まれていく警官。そういえば『イル・ポスティーノ』(1994)もネルーダは主役ではありませんでしたね。2016年カンヌ映画祭監督週間に出品され、アカデミー賞外国語映画賞チリ代表にも選ばれました。ちなみに日本公開初日に観に行ったらチリワインをもらいました。
2本目は彼にとって初の英語映画『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』。ナタリー・ポートマンがケネディ大統領の妻ジャクリーン・ケネディを演じます。眼の前で夫を射殺されたあと数日のうちに彼女がした「ある行動」がその後の世界を一変させる実話に基づくストーリーです。
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もともとダーレン・アロノフスキーがパートナーのレイチェル・ワイズ主演で作ろうとしていた企画ですが、彼女と破局して頓挫し代わりの監督を探していたところ、審査員をしていたベルリン国際映画祭でパブロ・ララインの『ザ・クラブ』に出会い、「任せられるのは彼しかいない」と声をかけて実現した作品です。一本も英語作品を撮ったことがないにもかかわらずこの賭けは成功し、アカデミー賞3部門にノミネートされパブロ・ララインの名を一躍世界に知らしめることとなりました。
ちなみに『ジャッキー』でヴェネツィア国際映画祭脚本賞を受賞した脚本家のノア・オッペンハイムは本職はTVジャーナリストです。ハーバード大の学生新聞「ハーバード・クリムゾン」の編集長を務めた経験もあります。映画の脚本はこれ1本きりで2017年からはNBCニュースの社長に就任しています。
2020年日本公開予定の最新作「Ema」は養子縁組を巡る家族ドラマとのことです。
5.ララインの異常な愛情
パブロ・ララインは画面の質感に徹底的にこだわります。『NO』は映画の舞台となった1988年頃実際に使われていたカメラをどこからか引っ張り出して撮影しています。よくそんなことが(技術的に)可能だったなと驚くばかり。当時のチリを知る人には記憶が蘇り、そうでない人には新鮮な画面となっています。
![画像5](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/12196263/picture_pc_f2023acc18191bd1e659789c0117401f.jpg?width=1200)
また『ネルーダ』では、何度も使いまわして退色したフィルムのようなトーンで全編をカラーコントロールしています。テクニカルな映像メディアとそれがもたらす色調への異様なまでの関心が伺えます。
![画像6](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/12196321/picture_pc_e2f2aa0dbf1138a4115fbdd2e5411f08.jpg?width=1200)
『ジャッキー』で特筆すべきは画面を覆い尽くすほどの顔のクロースアップが多用されること。上映時間の半分はナタリー・ポートマンの顔を見ているような感覚です。これをスマホ時代の映画体験と関連付けるメディアもありましたが、ララインはその狙いを「彼女の瞳の奥に宿る謎が重要だから」と述べています。
![画像7](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/12196461/picture_pc_ad7a2ae1b80c30d1341dba4c514ce2d3.jpg?width=1200)
注)ウォール・ストリート・ジャーナル From ‘Jackie’ to ‘Arrival’ to ‘LaLaLand,’ Hollywood is hooked on extreme close-ups https://www.wsj.com/articles/the-close-up-close-up-1485000003
6.チリ映画をもっと知るために
・Cine Chille
http://cinechile.cl/
チリ版のIMDbともいえる1916年から現在まで3000本以上の映画を網羅したサイトです。映画監督や俳優、プロデューサーや撮影監督などのキャリアの情報が記録されています。しかも驚くべきことにそのうち約900本の映画はYoutubeで観ることができます。私もかなり観ました。こういうアーカイブは(世界にチリ映画を知らしめるためにも)本当に貴重ですね。日本でもあればいいのに……。
チリで歴史上製作された全映画(約3700本)を網羅したデータベースサイト「CineChile」が資金難のため今月で閉鎖するとのこと。いつもお世話になってたのに…ショック!! https://t.co/snk9zv4LDH
— 透明ランナー (@_k18) January 26, 2018
ところが2018年に資金難による閉鎖騒動が持ち上がりました。世界のチリ映画ファンが悲嘆に暮れていましたが、現在も各所の協力のおかげでなんとか維持されています。
・アリ・ババ39 ブログ
http://aribaba39.asablo.jp/blog/
ラテンアメリカ映画ファンのアリ・ババさんのブログ。チリに限らずアルゼンチン、ブラジル、メキシコ、キューバといった国の映画情報が充実しています。単なる感想にとどまらず、インタビューの翻訳や独自の座談会など幅広い情報を提供してくれます。読み物としても素晴らしいです。これほどの資料が無料で読めるとはありがたい限りです。
・海から始まる!?
https://umikarahajimaru.at.webry.info/
海外映画好きにはおなじみのブログ。世界各地の映画祭のノミネート情報、受賞情報がひたすら細かく掲載されています。更新頻度や情報の鮮度も高く頭が下がる思いです。
・鉄腸野郎Z-SQUAD!
http://razzmatazzrazzledazzle.hatenablog.com/
映画ライター済藤鉄腸さんのブログ。日本未公開映画を観ることに情熱を傾けすさまじい文章量で紹介しています。チリの映画監督の名前を日本語で検索するとこの人のブログの1件しか出てこないこともしばしば。
タイトルはチリの作家ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』(白水社)より。ボラーニョもまた1973年の軍事クーデターでピノチェトに投獄された経験を持ちます。
この2回で終わるつもりでしたが、チリにはララインと同世代の優れた2人の監督がいます。3人はそれぞれ別の道に進みながら、ときに協力しあい、世界を驚かせる映画を作り続けています。それが2人のSebastian、セバスティアン・レリオとセバスティアン・シルバです。もう1回だけ続きます。たぶん。
![画像8](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/12197157/picture_pc_a777ed14b7dff2d8a5a18d267afc8e6f.jpg?width=1200)
オスカー像を手にするセバスティアン・レリオ(中央)とパブロ・ラライン(右)。