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2021年の推しコンテンツを好き勝手に語る③『ルックバック』

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で父の背中を見送った、数ヶ月後。これからますます暑くなることを予感させられる、7月中旬の深夜のことである。

読み切りマンガのタイトル絵として描かれたひとつの“背中”が、深夜のタイムラインをめちゃくちゃに賑わせていた。


深夜に心をざわつかされ、眠れなくなった、読み切りマンガ

7月19日に『少年ジャンプ+』にて公開された、藤本タツキ先生の読み切りマンガ『ルックバック』

公開されるやいなやあっという間にTwitterトレンドに入り、深夜のタイムラインを熱狂させていた話題作。「そろそろ寝るかー」というタイミングでその様子が目に入ってしまい、あまりにもフォロワーさんたちの熱量がパないので、気になってその場で読んでしまった。

――結果、眠れなくなった。

なんてこった。
深夜になんてものを公開するんだ。

本作の「ここ好き」ポイントもいくつかあるのだけれど、特に印象的だったのはこのあたり。

2人の少女が出会った扉を世界の境界として、時を経て4コママンガのやり取りが交わされる場面と、再現される「もしも」の演出。読みながら映画『ラ・ラ・ランド』が想起され、しかし同作とはまったく異なる、知らない音楽が脳内で鳴り響き始めた――そんな感覚を覚えるほどだった。

少し話がそれるのだけれど、このマンガ、「音楽が聞こえてきそうなシーン」が、めちゃくちゃ多くありません……? 映画的な演出や構図が自然とそうさせるのか、はたまた僕個人の勝手な印象かはわからないけれど。それこそ、雨の中を踊るように行く藤野の見開き絵とか、雪景色の中で夢を語り合う2人のシーンとか。

藤本タツキ著『ルックバック』(集英社)P.44より

ともあれ、本作については公開後すぐにTwitterで話題になっていたし、その日のうちに大勢の人が感想や考察を書いていて、とにかく「人を動かす」作品として尋常ならざる強度と熱量に満ち溢れていた。作風としては淡々としているのに。ページ数の限られた読み切りマンガなのに。

読んだ人の心に何かを訴えかけ、語らずにはいられなくする。そんな何かが、このマンガにはあった。


見覚えのある、どこかの誰かの“背中”

クリエイターでもなんでもない、ただの読者に過ぎない自分には、気の利いたことは書けないのだけれど……。それでも一点だけ、このマンガを読んだことでこみ上げてきた強い気持ちとして、「尊さ」があったことを記しておきたい。

時間の尊さ。創作の尊さ。友人の尊さ。

「尊い」なんて使い古された言葉で、改めて表現することではないのかもしれない。そんなものは多くの作品で描かれているものだし、わざわざ口にする必要のない感想なのかもしれない。それでもやっぱり、改めて読み返してこみ上げてきたのは、そのような想いだった。

それは畏敬の念ではなく、尊敬の気持ちともちょっと違う。ヒトやモノに向けられる敬意ではなくて……なんだろう……「好きなことに夢中になれる」ことのかけがえのなさというか、創作に伴う熱量というか。

藤本タツキ著『ルックバック』(集英社)P.14より

きっと多分、僕はこの“背中”に見覚えがあるんだ。

いつだって机に向かって絵を描いていた背中。子供たちに学ぶことを教えてくれた背中。熱心に仕事に励んでいた背中。為すべきことに取り組み続けてきた背中。自分がこれまでに出会ってきたどこかの誰かの後ろ姿が、本作で繰り返し描かれるそれにダブって見えたのかもしれない。

そうやって数々の“背中”を思い返したあとは、自然とこう考えずにはいられない。――じゃあ、おまえはどうなんじゃい、と。熱量と尊さに打ちのめされたうえで、( ˘ω˘)スヤァ...と眠りに落ちて目覚めたときには忘れてしまうのか、それとも何かしらの「次」に向かうのか。

“クリエイターでもなんでもない、ただの読者に過ぎない”ような人間にだって、受け取った熱量を生かすことはできる。

感化されて何らかの創作活動を始めるところまではいかなくても、それまで見過ごしてきたことに取り組むとか、誰かのために何かをするとか。それは別に自分のための“何か”だっていいわけで、今まさに感じている気持ちを言語化して、将来の自分が振り返るための記録として残そうとしたっていい。むしろ熱量の変換先としては王道だ。

終わってしまった存在を想いつつ、今ここにいる自分が“やっていく”ための物語。ふとした瞬間に思い出す、どこかの誰かの後ろ姿が、これからもきっと力を与えてくれる。


連載「2021年の推しコンテンツを好き勝手に語る」

  1. 『PUI PUI モルカー』『オッドタクシー』『ウマ娘プリティーダービー』

  2. 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

  3. この記事

  4. 『ボクのあしあと キミのゆくさき』

  5. 『妖精円卓領域 アヴァロン・ル・フェ』

  6. 『ふたりでみるホロライブ』『SANRIO Virtual Fes』

  7. 『PROJECT: SUMMER FLARE』

元記事:https://blog.gururimichi.com/entry/review/best-contents-2021-2

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けいろー🖋フリーライター
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