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日記(3.17)

仕事帰りに大阪フィルハーモニーさんの
第546回定期演奏会に行ってきました。

オーケストラを観るのは、中学生の時に行った鑑賞会以来でした。
(当時はろくに観ることもせず、爆睡してしまってた記憶があります)

フェスティバルホールが会場でしたが、仕事を定時で上がり、赤色の空の下、大阪中之島周辺を革靴履いて歩くというのは、なかなかに気分が良く、足取りも自然と軽快になっていました。

オーケストラ会場前までに晩御飯を済ませようと、近くのうどん屋さんで頼んだ海鮮丼定食は、サイコロ上に切られたマグロやタマゴ、アボカドがゴロゴロとのっている割に、タマゴと醤油の甘さが際立ったプレーンな味わいでした。

数年ぶりのオーケストラは、2階のバルコニーボックス3番席という、かなり舞台に近いところから観れました。
感想は、「かなりかなり感動した」です。

オーケストラは勿論、音楽も舞台も、ライブだって人生で数回しか行ったことがないので、何が良かっただとかを上手く言葉にはできないのですが。。(°_°)

とにかく初めから、視線は指揮者に釘付けです。
踊ってたんですよね。舞台の真ん中で。本当に。陽気さとか、明るげな感じではなく、重厚な音色にのせて品を保ちながらも、でも軽やかに、体を大きく使って演奏団を動かしていました。

オーケストラを上から見ていると、アリのようだと感じます。自分の役割を遂行し、一つの大きな塊として、そこにいる、みたいな。
あるいは、海中を束になって泳ぐイワシの群れでしょうか。指揮者はその塊あるいは群れに生かされているし、同時に生かしているんだなぁと感じましたた。

座っていた席からは、正面にヴァイオリン隊がいたのですが、これもまた面白かったです。
同じタイミング、同じ角度や、同じ強さで、同じ楽器を弾いているのに個性がある。
20本くらいの手と弓が揺れるのは、まるで波のようだな、もしかしたら風になびく草原かもしれないけれど、そんな感じがしました。

オーケストラって、音が震えて聞こえるんですね。普段、安いイヤホンからしか音楽を聞いていなかったので、びっくりしました。
音が萎んだり、膨らんだり、破裂したり、引っかかったり、いろいろな表現が楽しかったです。

一方で、ピアノですよ。
途中、ピアノメインの楽曲があったのですが、オーケストラにおけるピアノって不思議な立ち位置だなぁと思いました。
他の楽器が完璧な塊として存在し、音を奏でているのに、その横で一つ異質な存在として溶け込めないでいる、みたいな。
一匹狼な存在なのに、競争関係にはなく、
自由気ままに音を出しているのかと思いきや、見事に調和できている。

指揮者との位置関係も独特でした。
指揮者からは振り返らないと見えない位置、つまり指揮者台の後ろで演奏をしているから、完全に塊の仲間外れなんですよね。

なのに、指揮者はチラチラとピアノに気を使いながら全体をまとめていくんです。ピアノはそれをわかっている。
うーん。不思議で面白いです。

長々と書いていますが、最後に2つ(笑)

音楽って、年齢も性別も国籍も関係ないのが素敵ですよね。今日の演奏者の中にも若い人からベテランの方、外国籍の方もいて、多様性の素晴らしさを改めて感じました。

それと、オーケストラで一番楽しかったのは「拍手」です。
知らなかったんですが、演奏が終わった時にする拍手は、指揮者が一旦舞台から退いた後も拍手し続けて、指揮者がもう一度、その拍手に応えるために舞台に戻ってくるんですね!

さらにさらに、拍手は鳴り止まず、指揮者がそれぞれの楽器の演奏者を立たせて、スポットライトを浴びせるんですね。

オーケストラの観客って、ただ演奏を聞くだけの存在だと思っていたんですが、こうして演奏者とのコミュニケーションも拍手で取れるんだ、と感動しました。

たとえ「それはマナーだから」、という理由でも、実際に観客に混じって拍手をしていると、かなり楽しいです。拍手をしている間は、観客が主導で時間を動かしているんですよね。

あっ、あと最後に(まだあるんかい笑)。
演奏中の楽譜をめぐる音、あれが良さを倍増させてる気がします。ヒトがココで演奏しているんだ、という実感を増し増しで感じさせてくれるんです。

ふーーー。
今日感じた事は絶対に残さないと、と思い書き殴りました。
生の演奏は痺れますね。鼻の穴から音が入って、涙腺を震わせる体験もできました。

また行きたいです。

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