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クリスタルの首 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その57

「戦いをやめてくださ〜い」

 キズナ ユキトは全て終わったのを見計らってから、姿を現したかのようだ。
 俺をまた罠にかけておきながら、戦いを止めに来たフリだけはする。
 こいつは碌でもない格好つけ野郎だ。

「終わってから何を言っているんだ。
 お前は今更、何をしにきた?」

 キズナはエントランスから外を見て、その顔色を急激に青白くする。
 死屍累々の様子にキズナは口や鼻を手で塞ぐ。

「うっ、ぼぅえぇぇぇ〜〜っ」

 突如として声にもならない嗚咽のような音が聞こえ、それとほぼ同時に強烈な悪臭が俺の鼻腔を襲う。
 その悪臭は酸っぱく攻撃的で容赦ない。
 それに釣られて、生暖かくて不快な何かが身体の奥からこみ上げてくる。

 キズナの口元から何かが溢れ出て、それは指と指の間から漏れ落ちる。

 ゲロだ。
 キズナがゲロを吐いたのだ。
 格好付けようとしても、溢れ出てくるゲロ。それはまるでこいつの本質と一緒だ。
 キズナ ユキトはゲロそのものだ。


 俺はキズナ ユキトの風下に立たぬよう奴から距離を置く。
 しかし、いつでも撃てるように拳銃を構えたままだ。


「懲りない奴だな。また俺を罠に掛けたな?」

「違うんだ。僕は何もしていないんだ」

「とぼけるな」

 俺はキズナに向けた拳銃の撃鉄を起こす。

「本当だよ。こういうのは全て反町くんが立案するんだ」

「反町?」

「ほら、そこにいる」

 キズナが指差す方向には、もう息をしていないゴマシオ銀縁がうずくまっていた。

「死人に口なしだろうよ」

「本当なんだよ!信じてくれ!りょうもう号の件だって、僕はやめようと言ったけど、反町くんと茶屋道くんが勧めて……、あっ茶屋道くんは?」

 キズナに言われる今の今まで茶坊主のことを忘れていた。
 霊柩車後部の神輿部分は本体から飛ばされ壊れて転がっていた。
 それを遠目に見るが、中の柩は無いように見える。
 中の柩部分はいうと…、俺は辺りを見回す。

 あった!

 柩は柩で霊柩車から飛ばされ路上に落ちていた。しかも踏み潰されたような跡がある。

「あの中だ」

 柩を指差す。

「茶屋道くんっ!」

 キズナは柩に向かって、一目散に走り出す。
 そして柩の元へ着くと蓋を外したその刹那、キズナの悲鳴が響き渡る。

「茶屋道くん!茶屋道くぅ〜んっ!」

 キズナは柩の中から茶坊主を抱き起こしたのだが、それは首だけであった。
 茶坊主の首と胴体は別々となっていたのだ。キズナはその現状を知って、より悲鳴をあげた。


「なんでだよぅ…、なんでだよぅ…」

 キズナは泣きじゃくる。

「僕はただ、皆んなの権利、生命が尊重され、誰一人取り残されない、人間的に健康に過ごせる世界にしたかっただけなんだ…
 誰もが平等な世界にしたかっただけなんだ」

 キズナは泣きじゃくりながら喋り始めた。
 キズナのその言葉に腑が煮え繰り返る。

「平等?なんだよ、それ。
 平等などあり得るか。
 それなら何故、俺たちは猪を食っただけで追われたのか⁉︎
 親兄弟を、隣人を…、そして友を亡き者とされたのは何故なのか!
答えろ!」

 キズナはただ俯き、泣きじゃくる。

「動物を食う者は平等だの、権利だのから排除か?
 お前らの理想に従わない者共は排除か?」

 キズナは俯き、何も言わない。

「そもそもだな、皆が健康?片腹痛い。
 コーラやラード…、酒やタバコが健康に悪いとわかっていても、その悪い習慣をやめられない不条理。 
 その不条理、矛盾こそが人間。
 欲に負けるのも人間、どこかそれぞれ弱さあってこそ人間じゃないのか。
 それこそが人間的ってもんじゃねえのか!」

「それでも僕は〜っ!」

 キズナは急に顔を上げて叫ぶと俺を睨んだ。
 その顔は涙と鼻水に塗れ汚らしいのだが、その瞳は燃えている。

「お前の理想、独善によって俺の白ブリーフは消えた
 白ブリーフに何の罪があるのか⁉︎
 俺の象徴である、白ブリーフ亡きこの世界で俺はどうしたらいいのか⁉︎」

「白ブリーフが無いなら、トランクスを穿けばいいじゃない」

 キズナの野郎、開き直ったような顔をしていやがる。

「白ブリーフあってこその俺だ!
 俺が白ブリーフだ!」

 俺の叫びにキズナは呆気にとられたような顔をした。

「お前のそれは人それぞれの人間性の否定に過ぎない。
 お前の理想とする世界の行き着く先は独裁とその終わりの混沌でしかない」

「そんなことないよ」

「あるさ、この狂信者共を見てみろ!こいつらは何をした⁉︎
 お前と価値観を異にする者から選択の自由を奪い、逆らう者の家族や友人、隣人を亡き者とした」

 キズナは俯き何も言わない。

「俺を見ろ。
 俺を見ろ。

 俺を見ろと言ってるんだっ!」

 俺は拳銃をキズナの足元へ撃つ。

「俺は見た目からして少数派、少数派が服を着ているような奴だ。少数派は時に蔑まれ、虐めにあい、排除される対称だ。
 しかしだな、少数派が多数派になった時、力を持った時、やることは同じだ。
 自分と価値観を異にする者を遠ざけ、排除する。それもまた人の本質だろうよ。
 しかし、お前は人のそういった部分を美辞麗句で刺激し、お前と価値観を共有する者達に自分たちこそ正義であると扇動したんだ!
 人の持つ暴力性に正義という免罪符を与えた!」

「そんなつもりはなかったんだ」

「お前は人の本質から目を逸らし、机上の空論を並べたてていただけなんだよ。
 しかも自分が格好をつける為に」

 キズナはしゃがみ込み俯き、両手て耳を塞ぐ。

「この屍共から目を逸すな。
 こいつらはお前の理想に踊らされた狂信者共だ。
 踊らされ易い層、極端から極端へ流される層を扇動したんだ。
 俺とその仲間たちによって奪われた命であろうが、この流れを作ったのはお前だ」

 キズナ ユキトは耳を塞いで泣きじゃくる。

「泣くんじゃねぇ!泣いて何かが変わるのかっ⁉︎」

 俺の加虐性が炎上した。

「俺は今からお前を!

 殴るっ!」

 俺はしゃがみ込み俯くキズナとの距離を一気に詰め、その襟首を掴み、渾身の一撃をキズナ ユキトの顔面に叩き込む。
 殴った俺の拳が痛むほどの一撃により、キズナはもんどり打って倒れた。

「僕を殴ったな」

「ああ!殴ったさ!もっと殴ってやるよ!俺の拳がぶっ壊れるまで殴ってやるさ!」

 キズナは鼻血を流しながら起き上がり俺を睨む。

「暴力は反対だ!」

 とキズナは叫んだ。
 その叫びに俺は一瞬、無になる。

「どの口が言うか!」 

 俺は容赦の無い拳をキズナの顔面に叩き込む。
 一発、二発、三発。

「暴力に反対すれば殴られずに済むと思っているのか?」

「みんなで暴力に反対すれば無くなるよ!みんなで話し合えば暴力なんて無くても問題は解決するんだ!」

「話し合いの余地もなく、家に放火した奴らが何を言うのか!」

 俺は中腰状態のキズナの顔面を蹴り上げた。

「話し合い?笑わせるな。
 対等な力関係なら成立しても、それが対等で無ければ、力の強い方が弱い方へ妥協を強いるだけだろうが。
 違う。妥協ではない。恫喝するだろうよ」

「それでも僕は暴力に反対する!」

「寝言は大概にしろ。お前自身が暴力を振るわなくとも、周りの奴らにやらせていただろうが!
 それとも何か?お前らのあれは正しい暴力だとでも思っているのか?」

 俺はキズナの横腹を蹴り上げる。

「その反対するってやつが意味ねえことをわからせてやるよ。暴力でお前の腐った性根を叩き潰してやる」

「止めてぇ!もう嫌だ、もう嫌だ」

 拳を振り上げた俺の姿を見て、キズナは後退りし、転がっていた茶坊主の首を手探りで探し見つけると、それを宝物のように抱きしめた。

「もう嫌だ、もう嫌だよぅ」

 キズナが“もう嫌だ”を念仏のように唱えていると、茶坊主の顔が徐々に色を失っていく。

「もしかして…」

 茶坊主の首が、ゆっくりと髪から顔までもが半透明となる。
 やがて茶坊主の首が完全な透明、クリスタルの首になったその刹那、音を立てて砕け散った。

「茶屋道くん、茶屋道くーーんっ!」

 キズナがいくらその名を呼び、欠片を集めようとしても、その砕け散ったクリスタルの欠片は消滅していく。

「もう嫌だ」

 と泣きじゃくるキズナの顔色が色褪せてくる。
 皮膚は弛み、肌と髪の艶は失われていく。
 キズナも水晶のようになり、砕け散るのか?

 違った。
 それまでキズナ ユキトが纏っていたアイドル歌手のような輝きはゆっくりと消え失せ、人生の黄金期である青春時代の思い出を忘れられないような雰囲気を放つ、寂しげな男へと変化、劣化していった。
 俺はそんなキズナ ユキトの姿を見て驚愕する。
 それは俺がよく知る男であったからだ。


「お前、クロか?黒岩か?」

 その言葉に俺とかつてキズナ ユキトだった男の視線が交錯する。
 間違いなく、こいつはクロだ。
 キズナ ユキトはクロであった。

 クロ、こいつは高校時代の同級生であり、俺が所属していた派閥、ブラックファミリーの領袖であった男だ。
 顔の造形は良いのに冴えない男。
 例えるなら、ジャニーズJr.止まりで誰からも知られずに辞め、二十年ぐらい経った現在、会社員をしている風、と言ったところか。
 黒薔薇党が入間川高校を占拠したあの日、クロは俺たち仲間を売って裏切ったのである。
 あの日からこいつの消息は不明だったのだが、まさかキズナ ユキトとなっていたとはな…


「クロ。まさか、お前がキズナ ユキトだったとはな…」

「シロタン…」

 だからか。クロだからこそ、キズナ ユキトは俺に馴れ馴れしかったのか。だからこそ、ゲロを吐いたのか…

 だとしても、俺はこの男を許せない。

 俺は拳銃の銃口をクロの額に突きつけた。

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