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宇宙で1番のキミへ~妖精のちから~

「こんばんは」
両手に買い物袋を持ち、玄関の前で声をかけた。

「どうぞ~入って~」
聞いた事のある声に安心した。
彼女の家に行くのは初めてだったからだ。

あたりはスッカリ暗くなっていて、
初めての場所に行くのは不安だったけれど、
何度かのメッセージのやり取りでたどり着いた。

私は遠慮なくガラガラと戸を開けて中に入った。

彼女とは出会ってから3回目ぐらいだ。
なのに、この宛のないドライブで頼ったのは彼女だった。

顔を見て、しばらくの会話をした後に私はキッチンに立った。

急な訪問へのせめてもの償いという感じ。
彼女は私より年下で未婚だったし、台所の様子から、
料理が得意ではないようだった。
ほっとした。

主婦歴のある私が出来る、せめてもの償いが料理で正解だった。
世の中、そうでないパターンもある。
だから、ほんとにホッとした。

私が料理を作るのが正解ではなかろうか、と考えたのには他にもあった。
彼女はアーティストだからだ。
自分を表現するアーティスト性が彼女の魅力だった。

それは彼女の暮らす家にも表現されていた。
吹き抜けの天井、仕切りはなく階段を上った屋根裏部屋みたいな空間からはいつでも下を見下ろせる。
ティッシュケースなんて見当たらない生活感のない家だった。

聞けば、前は同居人がいたらしいが諸事情により彼女一人が暮らす事になったらしい。その諸事情とやらは辛い人間模様だったようだ。

ワインを飲み、細いタバコをたまに吸いながら、手早く作った私の料理をつまんでくれる彼女。私はタバコが嫌いなのだが、彼女のタバコは許容範囲だ。

紅くなったほっぺの彼女は、癖っ毛のある髪を端切れの布で一つにまとめている。着心地の良さそうなワンピースを重ね着した服が家着。
そういう容姿の彼女には辛い人間模様は似合わない。

住まいは住む人を映すというけれど、この家を見ていると住まいが人を選んだという気がする。
アーティストな人しか住めない家。
ドロドロの人間模様な人は出ていった、それだけだと思った。

「もとこちゃんさ~」

年上の、しかももうしっかりオバサンと言われる年齢の私をそう呼んでくれる。ずっと前なら恥ずかしくて断っていたかもしれないけど、彼女が呼んでくれると嬉しくなってしまう。

彼女は精霊だ。
世の中にある様々な人間模様に浸っている人ではない。
だから、私は彼女のところに来た。
精霊の彼女のもとに逃げてきたのです。

日頃は飲まないワインを飲み、ふんわりなっている私は眠くなってしまった。洗い物は朝するからと彼女に言って、お気に入りの綿毛布に包まり寝袋で横になった。

「分かった~おやすみ~」

何の意図も感じない、とても澄んだ彼女の声。
薄暗くなった照明とともに眠りへと入っていった。
遠くの方でカチャカチャと静かに陶器が重なる音がした。

私はとてもとても安らかに眠りへと落ちていった。

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